蝶よ花よと君を想えば



———なにもかもが大切で、それらを守るためならわたしは世界が滅んでもかまわなかった。

今読んでいる小説に、こんなフレーズがあった。たとえば彼と世界を天秤にかけたとき、迷うことなく彼の天秤が傾く。なにもおかしなことはない、と。

夕暮れの図書室で本を閉じ、目を瞑って小説の余韻に浸る。私はこの小説のように、彼と世界を天秤にかけることは多くて、まだ長く生きてもいない私の世界は、いとも簡単に放り出されてしまうのだ。

私が天秤にかける相手は、迷いなく恋人である平古場凛、その人だ。何にも縛られない彼がこの気持ちを知れば、きっと「やめれ」と笑うだろうけど、割と本気でそう思っている。

一息ついて、赤に染まる空に目をやろうとしたら、正面に座る彼の姿を見つけた。思いを馳せるために目を瞑ったことが裏目に出たようで、彼はどうやらずっとそこにいたようだった。

「お、やっと気が付いたさー。読み終わったか?」
「いつからいたの?…言ってくれたら、良かったのに。」

いたずらっぽく笑う彼は、やーは言っても気付かないだろ、とまたくつくつ笑うのだ。アグレッシブな彼とは違い、パッシブな私のどこがいいのか全然分からないけれど、彼はこうして私に会いに来てくれる。図書室なんて縁遠そうな場所にいる凛くんを見られるのは、きっと私の特権なんだろう、と目を細めた。

「なぁ、その本、面白い?」
「うーん。好きな人が死んじゃうような、よくある恋愛模様って感じ。」
「そんなこと、よくあったら溜まったもんじゃないやっし。」

眉をしかめて反論する彼に、ふふ、と笑みがこぼれる。

「確かに。でも、小説で恋人が死ぬのはありがちかも。面白いかどうかは人それぞれだけど、私は…言葉の言い回しが好きな本。」
「ふうん」

そう言って私が持っていた本を手に取り、パラパラとめくり始める凛くん。本に目を落とす凛くんの髪が、夕焼け色に染まって綺麗だ。ページをめくる度に目を細める彼に、心臓が高鳴る。読んでいるのかいないのか、ページをめくる速度ははやい。

一定の速度で紙を送る凛くんの手がピタリと止まり、小説の何かをじっと見つめている。

「どうかした?」
「あー…。やーなら、世界とわん、どっち取るんば?」

絶対普段言わないようなことを口走る凛くんに、何事かと目を見開いた。思うに、私と同様に「天秤にかけるお話」に目をとめたのだろう。すでに答えは決まっているけど、気恥ずかしさからうーんと首をかしげて見せる。

「私なら、凛くんを取るよ。だって、私の世界はキミありきだもん。いない世界は分かんないや。」
「…ふーん。」

はにかみながら答えれば、恥ずかしそうに首をすくめられた。知ってたやしが、と小さく呟く凛くんの言葉につい笑ってしまう。帰ろっか、と席を立てば、おー、と一緒に席を立つ彼が愛しくて。何も言わずに本も戻しに行ってくれて、どこまでも優しい人だと実感する。たとえそれが私のためではなく、彼の性分だとしても。

「あー、たまには図書室もいいかもな。」
「今度は一緒に本でも読もうね。オススメ教えてあげる!」
「…なるべく簡単なやつがいいさー。」
「ふふ、読みやすいやつ教える。」

凛くんなら世界と私、どちらの天秤か傾くだろうか。分からないし、聞く予定もないけれど。私に向けるその笑顔が偽りないと信じて、今日も明日も彼と笑う。


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