千里の身体が置いてある、十五番街から徒歩で一週間程北にある洞窟に着いた。すっかり凍っていて腐らないし、外を出歩く阿呆は滅多にいないから他人に見つかる心配もない。この寒さもそこまで悪いものじゃない。
「久しぶりだね、千里」
千里は少し奥まったところに置いておいたが少し雪が吹き込んでいた。
霜のおりた千里の頬を撫でる。
千里は僕の身体が成長することを止めて暫く経った時に死んだから、僕と同じで、十五歳くらいの見た目をしている。クドリャフカの見た目もそのくらいだった。
ボストンバッグからクドリャフカの脳を取り出す。損傷のない綺麗な脳。
千里をうつぶせにして、長い髪をかき分ける。なるべく髪を切らないように縦に一閃、頭を開いた。
頭蓋骨を割って、凍ってシャーベットみたいになった脳を取り出す。かわりにクドリャフカの脳を入れて、それっぽく神経系を繋ぐ。接着剤で頭蓋骨をくっつけて裁縫糸で閉じる。死体だから手術というより工作の気分だった。裁縫の経験はないからすこし歪だけれど、まあ、髪で隠せばいいか。
「千里」
千里の身体はピクリとも動かない。
(当然といえば、当然だ)
死体が動くなんて夢物語なんだ。分かってはいたけれど、少なからず期待していたし縋って生きてきたからショックだった。
「千里」
血色の悪い頬がぴくりと痙攣した気がした。
「千里!」
撫でると、睫毛がふるりと揺れ、煩わしそうに眉を顰めて薄く瞼を開いた。少し濁った白目の真ん中に死んでなお輝きを失わない黒曜石の瞳。
「……うるさいなぁお兄ちゃんすぐ起きるから、ってなにこれ声カッスカスなんだけど」
「っ千里!」
冷えた身体を抱きしめる。千里は緩慢にもがいた。
「えっなになに!?ってか全然身体動かないしお兄ちゃんじゃない!誰!ゼンじゃん!どういうこと{emj_ip_0793}」
「千里、どうしたの、混乱してる?」
「いやいや私センリじゃないし!クドリャフカだし!ゼンこそ大丈夫?バグってない?」
「えっ」
千里を見る。
「えっ」
千里は目を瞬かせた。
「クドリャフカだって?」
「クドリャフカですけど?」
「……なんてこった」
「待ってこれどんな状況?」
「こんなはずじゃなかった」
出来上がったのは千里の皮を被ったクドリャフカだった。
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最悪だ、とクドリャフカは地面にへたりこむ。そんなの、僕だって言いたい。
「こんなの、まるっきり化け物だ。私は私じゃなくなったし、どうしたってセンリじゃない」
「まったくもって同意だ」
つまり千里は生き返らず、ただ死体が動いているだけ。中身がクドリャフカだから、僕はこれを妹だとはちっとも思えない。昔の映画でよくあったゾンビみたいな化け物にしか見えない。
「身体は重いし寒いし変な風に見える」
きっと、クドリャフカの身体のときにバグっていた認識機能が、目玉とかを身体丸ごと一新したおかげで直ったのだろうが、クドリャフカは顔を顰めた。
「全然素敵じゃない。こんな汚い世界知りたくなかった。お兄ちゃんが鬱になるのも道理だ」
クドリャフカは僕をぎろりと睨んだ。
「私、十五番街に戻る。きっとお兄ちゃんが心配している」
「クドリャフカはもう死んだことになっているし、ニカはもう十五番街にはいないよ」
「いないってどういうこと」
「クドリャフカがいなくなったからニカは旅に出たんだ」
「じゃあ追いかける。どこに行ったかくらいは知ってるでしょ」
「南西の方に行くと言っていた」
「じゃあ行くわ」
クドリャフカは颯爽と立ち上がり、肩をいからせ数歩進んで、転んで顔面から雪に突っ込んだ。
「……大丈夫?」
「……ちょっとうっかりしていただけよ」
クドリャフカはすまして立ち上がり、またべしゃりと転んだ。
「な、なにこれぇ……」
おそらく身体が凍っているからだろう。それに何百年動かされなかった身体が思う通り動くわけないし、神経だってうまくつながってる保証はない。加えて千里は少し運動音痴だった。
手を差し出すと、クドリャフカはうぐぐと唸りながら立ち上がった。
「全部ゼンのせいだ」
「うん、まぁ、そうだね。反省しよう」
「償いとして、私をお兄ちゃんのとこまで送り届ける義務があると思います」
「うん」
「というわけで連れてけ!」
「君みたいな愚図を連れて旅を?」
少し迷う。
確かにクドリャフカを化け物にしたのは僕だけど、クドリャフカが今も意識を保っているのは僕のおかげだ。僕があの時クドリャフカを拾わなければ、今頃灰だ。
正直、化け物を同行者に旅なんて勘弁してほしい。供養に頭を潰して妹共々葬ってやろうとも思っていた。
「そうじゃなきゃ許さない」
クドリャフカは千里の目で僕を睨む。
「きっとセンリだって死体を辱められて怒ってるはずだ。だから、ゼンは私達を連れてかなきゃいけない。違う?」
仕方なく頷いた。
クドリャフカは満足そうに笑って手を出す。
「改めて、私はクドリャフカ。食事はいらないし眠らなくたって平気なハイスペックガール。よろしくね」
僕はそれを振り払った。
「化け物と握手なんて」
「さっき助け起こしてくれたくせによく言うわ」
クドリャフカは僕の腕を無理やり掴んで握りしめる。
ゾッとするほど冷たい手だった。