誰に会うこともなく中心に辿り着いた。
コロニーの中央は塔を取り囲む広場になっていた。
塔はガラス造りで、階段が蛇のように巻き付いている。
「あれ上るの?しんど」
クドリャフカが顔を顰める。平地でさえ鈍いのだから、階段はさぞ苦労するだろう。
ゼンは首を振った。
「きっとあの塔の中に昇降機があるだろうから、動いていたらそれを使ってまずは最上階まで行こう」
閉じられた塔の入り口をまたもや叩き割って押し入る。
中にカウンターがあり、端に帳簿が置いてあった。役所か宿泊所だったらしい。中心にまたもやガラス製の、一気に三十人は乗れそうなほど大きな昇降機があったが止まっていた。帳簿の最後の日付を見ると十五年前だった。
「十五年前かー、私生まれてないよ」
クドリャフカがパラパラとめくる。埃が舞った。
「ゼンは十五年前何してた?」
「確かインドの方にいた。ガンジス川を見にいったんだが、川の中で凍死してる奴が多くて、人間の寒天よせみたいになっていて、けっこうグロかった」
カウンターの内側を覗いたが、誰もいなかった。
奥のスタッフオンリーの扉を開けようとしたが、鍵がかかっている。
「木製かー、割れないね」
「普通に蹴破ればいいさ、こんなの」
古くなっていた扉は軽く蹴るだけで壊れた。
「なんか……探索っていうか破壊活動ってかんじ」
扉の内側は昇降機管理室だった。
「クドリャフカ、動かし方はわかる?」
ゼンがたずねるとクドリャフカは頷いた。
「門の方はよくわからなかったけど、こっちは簡単。パパパーって電源入れるだけだよ。さすが私!ロボットなだけあって機械に強い!」
クドリャフカはぱちりぱちりと電源を入れていく。鈍いモーター音がし始めた。
「むしろゼンはわからないんだ。意外。何でも知ってるもんだと思ってた」
「旅に必要ないことはあまり知らないよ。知る機会もなかった」
「そうなんだ。学校とかは?」
「学校どころじゃない時代だった」
「……ゼンはいったい、何歳なわけ?」
「内緒。化け物みたいに長く生きてるけど」
小部屋から出て、昇降機のボタンを押す。軋みながら降りてきた。
「乗って平気かな、これ。割れたりしないかな」
「どうだろうな」
乗り込み、回数表示をみると、二十階までしかなかった。
「このコロニー、もっと高いよね。倍くらい」
クドリャフカが首を傾げる。
「地位の高い奴こそ高いところに住みたがる。緊急の時に、たとえば下層民の反乱の時とかに、一息に攻め込まれないようにそうしてるんじゃないか」
クドリャフカが今まで経験したことのない不思議な浮遊感にドキドキしているうちに、昇降機は止まった。
クドリャフカは昇降機の塔から飛び出す。
下層とは違う、ガラスでできた家々が立ち並んでいた。
「すごっ!眩しいけど」
ガラスがキラキラと反射するせいで視界がうるさかった。
ゼンは辺りを見渡したが、どうやら近くに上への塔はないらしい。
「ゼン、あっち」
クドリャフカがゼンのマントを引っ張る。
コロニーの端の方に塔があった。
「……あれは、遠いな。もしかしたら今日はこの階で休むことになるかも」
「ふふん、それはどうかな」
クドリャフカは鼻で笑い、逆方向を指さした。駐車場だった。
「じゃじゃん!単車!」
「サイドカーがないからクドリャフカを置いていくしかないか」
「却下却下!なら、カブ!」
「余計無理」
「ええい!ならばバギー!」
「おんぼろだ……。けど、これなら動くかも」
ゼンは運転席を見る。持ち主が杜撰だったのか、鍵がさしっぱなしだった。
「クドリャフカ、これ、バッテリー上がってないかな。十五年くらい経ってるんだ」
「わからない。とりあえず動かしてみよっか」
クドリャフカは運転席に座り、電源をつける。エンジン音がけたたましくなる。
「うわすごい。よく生きてたね」
クドリャフカはご機嫌にバギーを褒め、アクセルを踏む。ゆっくりと動き出した。
「やった、これで速く行ける。ゼン、荷物積んで。あっちまでひとっ走りしよう」
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「私は!風に!なる!」
「クドリャフカ、事故るからスピードおとして」
「風は!?」
「感じなくていい」
「とか言ってる間に着く!」
ドリフト気味にバギーは塔の周りの広場に停止した。
「いい風でした……」
クドリャフカは転がり落ちるように運転席を離れた。
一足先に塔に押し入ったゼンは首をかしげる。
「この昇降機、比較的最近使われたのかもしれない」
「え、ホント?」
一階とほとんど変わらない構造の塔の中、小部屋を指さす。
「開いてるし、床に埃をかぶった足跡がある」
「ホントだ。……生きてる人がいるのかな」
クドリャフカは電源を入れて昇降機を待つ。
なかなかこない。
ゼンが呟く。
「最上階に止まってたのか……?」
「これで人降りてきたらサイコーにホラーだね」
けたたましく昇降機が止まる。クドリャフカが息をのむ。ゆっくりと開いた扉の中には誰もいなかった。
クドリャフカは大きくため息を吐いて乗り込む。
「怖かったー」
「クドリャフカ、バギーも乗せろ。上で使うかもしれない」
「耐荷重大丈夫?」
「これだけ大きいんだ。物資輸送にも使われていただろうし、バギー程度どうってことない」
「おっけ、わかった」
バギーに乗り込んだクドリャフカは、ゼンが叩き割った扉をさらにめちゃくちゃに破壊しながら塔の中に侵入した。
「ゆっくり止まれよ」
「クドリャフカ初の車庫入れ見ててよ!ぎゅいーん!」
急発進、そして急停車。
ゼンが呆れるのを後目に、クドリャフカはワイルドに昇降機にバギーを乗せた。
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最上階は日あたりが良いせいか、下層よりずいぶんと暖かかった。建造物はほとんどなく、十五番街より狭いとはいっても相当な広さのフロア一面に花が咲いている。
「本物の花は初めて見る」とクドリャフカがぽつりと言った。
ゼンとクドリャフカが立ち尽くしていると、錆びた金属がこすれる音がした。
見遣ると、花畑の中で、ロボットが立ち上がっていた。十五番街の物とは似ても似つかない、人工スキンの被せられていない人型のロボット。骨組みやチューブが丸見えな、創成期のロボットだ。
「あなた、お名前は?」
クドリャフカが大きな声で叫んだ。
ゼンがクドリャフカに囁く。
「ああいう大量生産のロボットが固有の名を持つことはない。十五番街は例外中の例外なんだ」
「あ、そうなの。じゃあ、失礼だったかな。ごめんなさい」
ロボットは四肢を軋ませながら近づいてきた。腕には何か抱えられている。ゼンは腰の拳銃に手を伸ばした。
二人の目の前でロボットは止まり、軋みながら腰を直角に折り曲げた。
「ハジメマシテ。私はエリザと言います。旧型のロボットです」
クドリャフカは慌てて同じように礼をした。
「あっ、ご丁寧にありがとう。私はクドリャフカ。えっと、ロボットでいいのかな、微妙。で、こっちが、」
我関せずという顔をしていたゼンを小突く。ゼンは渋々言う。
「ゼン。人間だ」
クドリャフカは「名前あるじゃん」とゼンにこっそり文句を言った。
エリザと名乗ったロボットは、抱えていたものを二人に見せた。
「こちらが私の名づけ主で所有者のジークです」
頭蓋骨だった。
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花畑に座り込んだ二人はエリザの硬質な合成音に耳を傾ける。
「このコロニーは八十一番街です。人口はあまり多くありませんでした。御覧の通り、ガラス産業がよく発達しました。他の産業はあまり発展しませんでした。
ジークは植物学者です。寒冷地で日光が少なくても咲く花を作ることが仕事です。
私はもう六十年ほど前に作られたロボットで、ジークが生まれる前からジークの家でお手伝いをしていました。
八十一番街のロボット技術はお粗末なもので、人間より格段に効率が悪いので、私ども以降ほとんど作られなくなりましたし、少し酷使したら壊れてしまうようなものでした。
少し変な話になりますが、ジークは私のことを愛していました。物としてではなく、一人の女として私のことを愛していました。私が古くなったので棄てようという話が出たとき、お父様から所有権を譲り受け、彼が私の所有者になりました。彼は私への愛情を隠そうとしませんでした。
当然彼は変人と呼ばれました。私もそう思います。だって、クドリャフカさんのような人間みたいなロボットを愛するのならいざ知らず、私のような、ただの機械を愛するなんて馬鹿みたいです。……馬鹿みたい、なんですけど、私もジークを好ましく思いました。彼はたくさんの愛情を私にそそぎました。
ジークは二十歳のころにコロニーの一階の端に追いやられ、そこで細々と研究を続けました。彼の身の回りの世話は私が全て致しました。白い目で見られ、ろくに物も売ってもらえない生活は、辛くなかったと言えば嘘になります。
十五年前、このコロニー内で疫病が流行りました。いいえ、毒かもしれません。毒ならば、飲料水タンクに混ぜられたのでしょう。今となってはわからないのですが。確かめる間もなくこのコロニーは駄目になりましたから。
人がばたばたと死にました。道には死体が溢れかえりました。罹ると、人は血を吐きました。内臓から出血し、血の混じった糞便を撒き散らしながら苦しんで絶命します。その病気だけじゃなく不衛生からくる感染症で死んだ方も多いでしょう。
ジークは人と関わらなかったし、家の水はすべて私が水質チェックをしていましたのでずっと罹りませんでした。けれど、コロニーの人がほとんど死んだ頃、彼も突然発症しました。ジークは、薬になるから家の温室で育てている草を調合するようにと私に言いました。彼はそれを飲みました。少し良くなったジークは、私は決して感染しないから、コロニーの人達の死体を最上階の墓地に葬るようにと言いました。墓標代わりにジークが作り出した新種の花の種を撒くようにとも。全員葬り終わるころには自分もすっかり回復しているだろうと言いました。
私はまず一階の死体から片づけました。一階が終わると、ジークと共に二階へ移り住み、そうやってすべての死体をここに埋めました。もともとあった墓石は邪魔なので撤去しました。
五年前に完全に終わりましたが、ジークは今一つ調子が出ないようで残念です。それでも、きっといつか起きてくれますので、私は待つのです」
エリザに人間のような顔はないが、悲しそうに微笑んでいるように見えた。
クドリャフカは何も言えず、ゼンは難しい顔をしていた。
「エリザは、」
とゼンが口を開いた。
「この近くのコロニーを知っているか。僕たちは旅をしているんだ」
「知りません」
エリザは首を振った。
「このコロニーは通信技術もそこまででしたから、他のコロニーと連絡が全く取れませんでした。だから、周りのことも知らないのです。お力になれず申し訳ありません」
「ならいいんだ。ここにジーク以外生きてる奴がいないのなら、僕らはもう発つ。エリザ、話をありがとう」
「はい、お二人ともお気をつけて」
ゼンが呆けているクドリャフカの背を叩くと、クドリャフカも礼を言った。
「エリザ、身体を大事にね。替えのパーツがないことほど怖いことはないんだから」
「お気遣いありがとうございます」
ゼンとクドリャフカが立ち上がると、エリザもジークの頭蓋骨を抱えて立った。
「そういえば」
とゼンが言う。
「僕の知る限り、君のような旧型に、人を愛しく思うなんて高度な感情装置は搭載されていないと思う尾だけど」
「ええ、実際そうですけれど」
エリザは頭蓋骨を抱きしめた。
「彼に愛されるうちに私もそのような心を獲得したようです。愚かなことをとお思いになるかもしれませんが、ロボットだって進化するのですよ」
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昇降機で降りながらゼンは言う。
「下手な怪談より不気味な話だった」
「そうかなあ、私は単なる悲しい話だと思ったし正直胸が痛かった」
「考えてみろ。ジークは薬―完治はしなかったが、少なくとも苦しみを和らげる程度の薬―を知っていたのに自分が罹るまで誰にも言わなかったんだ。
それから、花を見るのが初めてなクドリャフカが気づかないのは仕方がないけど、墓標代わりに咲いていた花は既存の花によく似ていたから、それを寒地でも避けるように品種改良したんだろう。だけどその花、結構な毒がある。花にも、根にも。そんな花を地中に眠る死者にわざわざ捧げるなんて、そうとう悪趣味じゃないか。
あと、これは考えすぎだと思いたいんだけど、その花は、生けた水すら毒に変える」
クドリャフカはぶるりと身を震わせた。
「じゃあ、ジークが恨みでコロニーを全滅させたってこと?」
「わからない。全部は推測なんだ。偶然なのかもしれないし、故意かもしれない。なんにしろ、怖いな」
昇降機ががたりと止まって二十階に着いた。
「今日はここで休もう」
街並みは、たくさんの人が死んだなんて思えないほど綺麗だった。
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クドリャフカの運転するバギーで二十階を横断し、バギーごと一階に降りた。
「クドリャフカ、ジークの昔の家は一階の端にあると言っていた。温室もある。探せばすぐに見つかるだろうし、なにか本当のことがわかるかもしれない。探したいか?」
ゼンがきくと、クドリャフカは首を横に振った。
「知りたくないわけじゃないけど、いいや。きっとここには二度とこないから、知っても仕方ないしね」
「わかった。ならこのまま出よう」
ガタガタとバギーが揺れる。
「エリザは、本当はジークが死んでるってわかっていたんだろうなあ」
前を見ながらクドリャフカが言う。
「死んでるってわかってても、信じたくなかったんだろ」
「ゼンはどうだった?」
「は?」
「センリが死んだとき」
ゼンは黙った。
雪原じゃ役に立たないからバギーを門の所で棄てた。
冷たい風の吹き込む詰所から外に出る。
「ゼン、どっちに行くの」
コンパスを取り出したゼンは答える。
「しばらく十時の方向。それから南へ」