悪魔のような彼
隣の席の不良が髪を切ってきた。名前は荒北靖友。中学のときは野球部だったと今も野球を続ける同級生に聞いた。なんでも自転車競技部に入ったらしい。
そこのエースの言葉で、サボりがちだった授業も出るようになった。先生方からすればありがたいことなのだろうが、私からしたら冗談じゃない。

(なんで、なんで隣に好きな人がいる状態で授業なんて受けられるのよ!)

私はただひたすらに隣を見ないようにするので精一杯だった。

「ねェ」

なんで話しかけるっ!彼は私をよくじっと見てくる。

「なに」

板書を写したまま、私は視線を交わらせずに彼に返事をする。

「なんでこっち見ないわけェ?」
「授業中だから」
「嘘つきだよねェ、名前ちゃんて」

がたり、と急に立ち上がった荒北に教師がビクリと反応する。立ち去ってくれると安心したのも束の間。荒北は机を私の机にくっつけた。

「どうした、荒北」
「教科書わすれたんでェ名前チャンに見せてもらおうかと思っただけだけどォ」
「そ、そうか」

そう言って授業に戻る教師をはたに、私の心臓はヤバイくらいに高鳴る。もう荒北くんに聞こえているのではないだろうか。

「なァ」
「っなに」
「甘ェ匂いすんだけど」
「…香水なんて、つけてない」

そういった私にクンクンと鼻を近づけてくる荒北くん。ほんとうに死にそうだと思う。

「名前チャン」

教師が板書のためにこちらに背を向ける。その瞬間、目の前が暗くなった。唇に乾いた何かの柔らかい感触。鋭い目が私を捉えて離さなかった。何かが唇をこじ開けて、中に入ってくる。歯茎をなぞられ、体の力が抜けた。

「ぁ、っ」
「真っ赤じゃナァイ?」

くすと笑うその顔に私は彼から目が離せなくなる。続きは後でねェ、と耳元で呟く彼は本当に悪魔のようだ。
katharsis