亡命を希望する

 銃手射手用オプショントリガーであるスターメイカーを諏訪隊オペレーターの小佐野が適用し、エネドラの使用するブラックトリガーにもある弱点「伝達脳」「供給機関」にマーカーが表示される。
『日佐人!!』
 隊長諏訪からの通信に、カメレオンで姿を消していた笹森はエネドラの後ろで弧月を抜刀し切りかかる。しかしその刃が弱点を貫くよりも早く、ブラックトリガーのブレードが笹森を貫いた。
「消えるトリガーはもう見た。気付かねーとでも思ったか?クソガキ」
 その言葉にニッ―と笹森は笑みを浮かべる。緊急脱出と共に爆音を立てて、煙幕による目くらまし。
「弾を集中させろ!!」
「トロいぜ!!」
 エネドラが諏訪の声にやってくる弾丸に構えたその時――
「そっちがね」
 背後から聞き覚えのある無気力な声。瞬間、菊地原と歌川によって弱点が正確に刻まれる。先ほどの刃も、弾幕への声も全てが囮であった。
「伝達脳と供給機関を破壊。任務完了」
 そう淡々と告げる歌川の声が、供給機関の破損によりピシピシと音を立ててトリオン体に亀裂が入っているエネドラには聞こえた。ようやくここまで。だが、まだだ。あと少し、もう少し私は”エネドラ”でいなければならない。
「猿ども……が……!!!」
 その言葉には激情を乗せて、ドン!と緊急脱出とは比にならない爆音でブラックトリガーのトリオン体は消失した。空調の効いている訓練室において、あっさりと煙はその場から流れていく。トリオン体を無くしたエネドラはラフな姿でその場に立ち尽くす。
「どうします?こいつ」
 隊長である風間をやられ、好き放題言われた菊地原としては許し難いところもあるのだろう。
「さっき通信室でこいつに何人か殺されてますよね?」
「……捕縛しろ。捕虜として扱う。相手は生身だ、無茶はするな。だが気は抜くなよ」
 忍田の言葉に菊地原と歌川が彼ららしい言葉で返事をする。不自然なほどにエネドラは動かず、何かを待っていた。
 そしてそれはやってくる。
 空間が歪み、大きな穴。その先はまぎれもなくアフトクラトルの遠征艇内であった。アフトクラトルのブラックトリガー使いの一人、ミラがエネドラを見下ろして言葉をかける。
「回収に来たわ、エネドラ。派手にやられたようね」
 微かに呆れが入っているその声色にエネドラは舌を打って応える。
「おせぇんだよ!」
 空間操作のトリガーにボーダー隊員が逃げられると戦闘態勢を取ろうとする。しかしそれを見ずに、ミラの意識はエネドラの伸ばされた手にのみ集中していた。

「あら、ごめんなさいね」

 言葉と共にエネドラの手首がブラックトリガーと共に切り落とされた。その手だけをもってミラはエネドラに事実を伝える。
「回収を命令されたのは、ブラックトリガーだけなの」
 エネドラの腕からは赤い液体が滴り落ちる。口からは苦痛に声が出た。味方同士の異様な光景にボーダー隊員達はあっけにとられている。
「てめえ……どういう……!…ミラ!!!」
「はっきり言って、あなたはもう私たちの手には余るの」
 アフトクラトルのトリガー角の性質から、エネドラの命が長くないことを告げるミラ。回収を目的としていたブラックトリガー「泥の王」を切り取ったエネドラの手から取り外し、そして不要な手を投げ捨てる。
「ボルボロスはもっと相応しい使い手が引き継ぐわ。あなたの角から得たデータで適合者はすぐ見つかる」
「ふざけんな……!!ボルボロスは、オレの――」
 その言葉を聞くことなく、ミラはエネドラの身体に杭を差し込んだ。「さようなら、エネドラ」そして彼女は一瞬の躊躇なく、その扉を閉じ去ってしまう。
「ハイ……レ……イン……!!」
 最後の最後にそう憎々し気に彼は呟いた。こと切れた身体がドサリと血だまりの中へ落ち、そして―――その身体は爆音とともに砂煙に隠された。
 生身の身体であったはずなのにまるでトリオン体が消失するときのような衝撃に、何が起こったのか。忍田も含めその場にいた全員が構えをとった。
「いやあ、長かった」
 しかしそんな周りの緊張とは裏腹に、粉塵が消えたその場にいたのは今までそこにいたエネドラではなく、ぐっと背を伸ばす一人の女であった。

「つまり君は元から我々の元にくるのが目的であった、と?」 
 即座に拘束に動いた菊地原と歌川に抵抗することなく、彼女は両手を挙げて従った。その場で説明を求める忍田にも抵抗なく彼女はすべてを説明した。
 曰く、彼女は協力者と共にアフトクラトルそのものを騙していたのだと。胸元から小さなキューブ体を出して彼女はこれが協力者だとそう言った。娘が母トリガーにされることを危惧した母親によって計画されたそれによって、彼女が女であると知っているのは母親が亡くなった後は協力者一人であるのだと。
「ああ。アフトクラトルには何の思い入れもない。できれば匿ってもらいたい」
「通信室にいる人を殺しておいて何を…」
 菊地原の言葉に、彼女は何でもない風にああと零すと協力者と言っていたキューブを小さく左右に振って見せる。
「仮死状態にしてあるだけだよ。解き方はこいつが知ってるから、戻してもらえれば数時間で戻せるだろうね。ついでに言えば彼はアフトクラトルの角について詳しく知ってる。私の安全を保障するとさえ言えば協力してくれるだろうよ。心配しなくても戦闘能力はゼロだ」
 そういって前方に位置する忍田にぽいと投げた。協力者と称するものに対する扱いの雑さに忍田は微かに眉を寄せるが、諏訪が同じくキューブにされていた時も正しい解き方をされない限りは傷一つつかなかったといわれていた。小さく息をついた。
「…本当なんだろうな」
「ああ、もちろん。何なら私に対してでもそいつに対してでも嘘発見器でもなんでもつかってくれていい。アフトクラトルの情報も出せるだけ出すよ」
 その言葉に忍田の脳裏には空閑遊真の姿が過った。仮死状態であるという言葉を信じるならば、この戦場が終わってからでもいい。
「今回のアフトクラトルのトリガーについて君の知っている全てを教えろ。君をどうするか、話はそこからだ」
「お安い御用だよ」
 彼女はニッと笑って見せた。

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katharsis