美司シイナは気付かない

 私は女子大学生、○○××。幼馴染で腐れ縁のオタク、小田環(通称おたま)の趣味アニメ鑑賞に月一で付き合わされ早十数年。
 おたまの考察だとか説明を聞き流してごくごく普通に鑑賞していた私は、突然襲ってきた猛烈な眠気に勝てなかった。
 いつの間にか眠ってしまった私は、目が覚めたら!
 体が縮んでしまっていた!!

 とまあ、おたまならこうするだろうと棒探偵風に自己紹介して見たがハッキリいってキャラじゃなかった。もうやらない。
 懐かしい部屋と小さくなった身体に唖然とした後に階段を駆け下りた私に、いつもよりテンションが高いのねと呑気に笑う両親は確かに私の両親だった。だけど、確かに私を指して呼ばれた名前に再度呆然とした。
 ○○××でなく、美司シイナ。それが私の名前らしい。
 正直意味がわからなかったが、とりあえずそれでここが上手く回っているようだったので笑って誤魔化した。多分顔は引きつっていた。
「それでは今日の赤塚区の天気をおしらせします」
 そして追い打ちをかける言葉。
 (あれれ〜おっかしいぞぉ、赤塚区って聞こえた気がするぞぉ)
 って真似をするおたまの声まで聞こえた気がする。気の所為だと思いたい。
 思いたかったんだけど、その後にピンポン連打でやってきた彼等にその思いも壊された。

「「「「「「シイナちゃーん!」」」」」」

 きっちり揃った声が複数。元気一杯をそのまま表現した声に、くすくす笑う両親。
 赤塚区と揃った声。まさか…とそんな予感ほど的中するもので。
 視線を移した先、室内に飾られた写真には、6つの同じ顔と1人の美少女の隣に立つ私が写っていた。

 そうやって私はこの世界にやってきた。
 だから彼等は私にとってお話の中の人物達で、確かにそれから幼馴染として仲良くはしてるけど、彼等には彼等の物語がある。それが全ての前提。

 閑話休題。

「なーシイナ、好きなんだけどー」
 ―パチン、パチンとホッチキスで閉じて冊子にする単純な作業。机に並んでいた書類の山を片すその作業が、漸く終わろうとした段階で、目の前の手伝いもせずベラベラ喋るだけだった男はそう言った。
 パチン―
 すき。目の前の男はそういったらしい。視線は手元を向きながら、意識を少し目の前の男に向けた。
 目の前の男、というにはまだ少し幼い彼は松野家が長男、松野おそ松である。
 中1ではカラー分けのパーカーはまだ配布?されていないらしいが、学ランの下には真っ赤なTシャツが覗いている。
 ああ、そういえば。
「好きと言えばさ」
 パチン―
「…ん?」
「私、昨日彼氏できた」
 パチン―
「は?えっ?」
「5組の、井上?くんだったかなあ。だから明日から松野くん達と一緒に帰れない」
 バチン―最後の一冊だからか少し力強い音が出たが、綺麗に閉じられたそれらに達成感を抱く。トントンと冊子を揃えたところで、目の前の松野くんが目をまん丸くしているのが目に入った。
「?松野くん」
「おそ松だって。えっシイナ、付き合うわけ?」
「うん、断る理由もないし」
「は?俺は?ねえ俺は!?今まで散々好きっていってたよ!??」
 松野くんは随分と不思議なことを言う。
「そりゃ、私も好きだよ」
「えっなに俺わかんないんだけどえっ」
「?幼馴染でしょ。でも駄目だよ、好きの安売りしちゃ。本命のトト子に取っとかないと」
 ポカンと松野くんが私を見る。バレてないと思ってたのかもしれない。あんなに可愛い可愛い言ってるのにバレないと思ってるって言うのもどうかと思うんだけど…まあ、私に限っていえばアニメで見てたから知ってるだけなんだけど。
 ああそういえば、松野くんって言ってるのは見分けがつかないからじゃない。そこは流石にアニメも見てたしわかるんだけど。
 こう、双子の友達待った事ある人ならわかるかもしれないんだけど…やっぱり双子っていっても性格が違うから気の合う方はいるんだよね。判別はついてるのに、ふとした時に普段言ってる方の名前が先に出ちゃう事がある。それが嫌。
 この6つ子だから尚更。間違えたらしつこそうだし、話す頻度ってやっぱりクラスによっても違うし。長男とはよく話すのに、次男とは部活の関係であんまりだもん。
「松野くん?帰るよ」
 松野くんがだんまりの内にクラスメイトの机の上に、今作った冊子を並べ終えた。帰る支度を始めても動かない松野くんに、私は首を傾げた。


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katharsis