「颯太くん、おはよう」
「…おはようございます」
プロのサッカー選手というのは身体作りがなによりも大事で、そのために日々トレーニングを欠かせないのはわかっている。
それでも俺は、この専属トレーナーとの時間が苦手だ。
爽やかすぎる笑顔に、良い身体。それに加えて高身長ときたらきっと好きにならない人はいないだろう。
だけどひとつだけ、困った点があって。
「じゃあストレッチから始めようか」
来た。憂鬱な時間だ。
マットの上にぺたん、と座り前屈をする。
当然のように八木さんは俺のすぐ後ろにしゃがみ込み、背中を押してくれる。
「うん、いいね」
密着する身体に、耳元で響く掠れた声。
元々人に触られたりするのが苦手な俺にとって、この時間は苦痛でしかない。
好みの男の人とこんな風にべたべたと密着してしまえば必然的に集中力も削がれていくし、八木さんは慣れているから当然なのだろうけど平然と色んな場所を触ってくるから、それがまた俺を余計に恥ずかしがらせてしまうのだ。
「じゃ、開脚してみようか」
開きやすいように、とご丁寧に太腿に手を添えてくれるけれど正直いい迷惑だ。そのままなぜか、どんどん付け根へと移動してくる手を咄嗟に掴んだ。
「…っ、自分で、できます」
「でもこうした方が、」
「ほんまに大丈夫ですから」
戸惑われたけれど構わず振り払い、自力で開脚していく。八木さんはどうしたらいいかわからないような顔をしていた。
「あの、次お願いします」
「えっと…次は仰向けに寝てもらって…」
言われるがままに仰向けになり、片膝を立てる。
そこに八木さんが体重を乗せてきて、ぐっと距離が近づいた。
「力抜いてね、いくよ」
ぐーっ、と押されながらも足首に当たる八木さんの熱に、嫌でも意識が向いてしまう。伏せていた目をふと戻せば至近距離に整った顔があって、俺をただじっと見つめているものだからまた目のやり場に困った。
この人の、こういうところが苦手なんだ。
だから専属トレーナーを変えればいいだけのことなのに、結局俺は毎日このジムに来てしまう。
「大丈夫?」
「…っえ、」
「顔赤いけど。熱?」
そう言って自然と額に当てられた手のひら。わかんないなぁ、と言いながら今度は首筋に当てられたその指に、自分でも恥ずかしいほどビクッと反応してしまった。
「…っ!」
わかりたくもないのに、わかってしまった。
足首に当たる八木さんのそれがわずかに硬くなったのを。
耐えきれずにわざと体勢を崩して、とにかくこの場から離れようと身を捩ればすぐに抱きしめられてしまった。
今までにないほど密着し合う肌に落ち着かなくて、もぞもぞと身体が勝手に動いてしまう。それに比例するように八木さんの腕の力もどんどん強まって、この状況は一体何なんだ。
「お願い、逃げないで」
「…へ?」
「わかってるでしょ?俺の気持ち」
「何言って、」
「好き」
そう言って少しずつ近づいてくる八木さんの顔。一線を超えてしまうのが怖くなって必死に顔を背けるけれど、逃げきれずとうとう唇が重なってしまった。
それに気を良くした彼の指はいつしかTシャツの下へ潜り込んできて、くすぐるように素肌を這う。上へと近づいてきたその指が、飾りをカリッと弾いた。
「…っん、〜〜っ!」
ガクガクと身体を震わせていると、信じられないといった顔で八木さんは俺のパンツへと手を伸ばす。シミのできた部分に触れられ、果てたことに気づかれてしまった。
胸を触られただけで出してしまうなんて、恥ずかしすぎて泣けてきた。
「そっか、敏感なんだね」
「…っう…もう嫌やぁ」
「大丈夫。可愛いよ」
そっと涙を拭われて抱きしめられる。
温かい胸板に包まれると、やっぱり俺はこの人が好きなんだと改めて実感してしまった。
「ごめん、今まで俺すごいべたべた触ってたよね」
「はい」
「好きだからつい触りたくなっちゃって…嫌われてたのはわかってたんだけど、」
「…っ」
「俺、専属トレーナー失格だね」
ごめんね。
そう悲しげに微笑み、俺の乱れた衣服を整えて彼はその場を立ち去ろうとするから咄嗟にその腕を掴んでしまった。
引き止めてどうするんだ、なんて頭の中で自分の声が聞こえた気がしたけれどそれを気に留める余裕も時間も無かった。
「…好きです」
「え?」
ぐっと引き寄せ、ぽかーんと開けられたままの唇を塞ぐ。八木さんはまだ何が起こったのかわからないような表情を浮かべていた。
「やから、触られると反応してまうから…わざと冷たくしたりして…」
「…本当に?」
静かに頷けば、わずかに表情を崩した八木さんにまた抱きしめられた。ぎこちなく背中に腕を回せば、彼が耳元でくす、と微笑んだのがわかった。
「いっぱい触ってもいい?」
「ぅ…なんかそれ…変態みたい」
「そうだよ、俺変態なの」
「…っあ、!!」
服を捲られ、ざらざらした舌が何の前触れもなく胸に触れた。
そのまま突起を転がされて、吸いつかれて、甘噛みされて。彼の舌が好き勝手に動くたびに、下半身がじんじんと疼いてしまうのが悔しい。
「ここ、好きなんだ」
「…っはぁ…ぅん」
「かわいい。ほんと、女の子みたい」
「…恥ずかし、」
するするとパンツを脱がされ、露わになった秘部を八木さんは目を輝かせながら見ていた。
「あんまり、見ないでください」
「あ…ごめんね」
甘く微笑んで後孔に指を押し当ててきた彼の表情が急に曇った。しょぼんとした様子で俯き、何やら小声でブツブツと呟いている。
「柔らかい…」
「え?」
「そうだよね…こんなに可愛いんだもん。彼氏いるに決まってるよね…」
「ちゃ、ちゃいますって、相手なんか、いないです」
あぁ、この後を言いたくない。こんなこと、本人には絶対内緒にしておくつもりだったのに。
「いつも、八木さんのこと考えながら…1人でしてた、から」
本当は、触って欲しいとずっと思っていた。あわよくばこういう意味で。
はしたない自分が心底嫌になって顔を隠せば、その上に八木さんの厚い手のひらが重なった。
「嬉しい…俺も同じだったから」
手を離せば、ひどく恥ずかしそうに唇を噛み締める八木さんがいて。2人とも同じことを考えてたのに、今までなぜこうならなかったのか不思議に思えてきた。
「引いた?」
「いや…俺も同じやし…」
「ずっとこうしたかった」
そう言って、唇を塞がれた。溶け合ってしまいそうなキスに夢中になっていると、不意に入り口に指がぐっと押し入ってくるから思わず声が漏れてしまった。
この人はどうしていつも、こんなに突然なんだろう。
「…っあ、かん…てっ」
「はぁ、可愛いなぁ」
「んぁ…っはぁ…、っ!」
容易く探し当てられてしまったしこりは優しくなぞられるたびに腫れて、苦しいほどの快感を身体に植え付ける。“あれ”が押し寄せてくる感覚がして力なく八木さんの腕を掴んだけれど、そんなものはやっぱり気休めにもならなかったようだ。
「…っぁ、いきそ…っ」
「ふふ。いいよ」
今までにないほど身体がビクビクと痙攣し、ドライで達した脳内はなかなか理性を取り戻してくれない。ふと見下ろせば八木さんは、うっとりしながら俺の下半身を見つめていた。
「わぁ…出さなくてもいけるの?ほんとにえっちだね」
そう言って彼は秘部から引き抜いた指を一本ずつ、まるで見せつけるかのように丁寧に舐め上げる。どこも触られていないのに、真っ赤な舌に欲を煽られて身体がぞわぞわと粟立ってしまった。
「…っもう…勘弁して、ください、」
「ふふ、お楽しみはこれからだよ」
俺の髪を撫でた八木さんの笑顔はやっぱり爽やかだった。
その笑顔の裏にこんな一面を隠していたことに、案外満更でも無い自分が滑稽だった。
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