7





「適当に座って待っててね」

キッチンから聞こえてくる間延びした声に生返事をして、どさりとソファに腰掛ける。初めて部屋に入れたという事実に緊張を隠しきれず、不審に思われない程度にちらちらと周りを見渡してみる。人をだめにするというキャッチコピーが有名な某ビーズクッションの上には、食べることが大好きな勇征らしいハンバーガー型のクッション。テレビ横にはいくつかの観葉植物が置いてある。その隣に寝室へ繋がるドアがあり、開けっぱなしにされた隙間からはベッドがちらりと覗いていた。
……勇征、いつもあそこで寝てるのか。
なんだか急に生々しいものを目にしてしまったようで、慌てて目を逸らした。

「何作ってんの?」

劣情を振り払うように立ち上がり、キッチンへと足を踏み入れる。シャツを腕まで捲り上げた勇征は、少しだけ覚束ない手運びで玉ねぎを切っていた。

「なんか冷蔵庫の余り物でできそうなやつ」
「へぇ、すごいな」
「適当でごめんね?」
「全然。人の手料理とか久々だわ」

溜息とともに感慨深く吐き出した言葉。勇征は冷蔵庫から牛肉の入ったパックを取り出して、フライパンへそれを豪快に投入した。そうしながらまたこちらを一瞥する。

「なっちゃん彼女いないの?」
「いないよ。いたら勇征とこんな一緒にいない」
「そっか」
「……勇征は?」

チャンスとばかりに訊ねてみると、フライパンに突っ込んだ菜箸を踊らせる手を止めないまま、勇征はフッと笑った。

「俺は……そういうの、あんまり考えられないかな」

明るく笑った勇征の瞳。だけど、一瞬だけ寂しげな色が宿ったのを見逃さなかった。いつも通りの表情、声、唇の動き。けれど確かに勇征は今、一瞬だけ悲しい顔をしていた。
こういう表情を見るのは初めてではないと本能が訴えかけてくる。初めて会話らしい会話を交わしたいつかの給湯室でも、勇征はこんなふうに寂しさを滲ませていたことがあった。
もっと知りたい。花が咲いたような明るさの中にほんの一滴入り混じる、翳った色のわけを聞いてみたい。限りなく細く、だけどくっきりと引かれたその一線を飛び越えてしまいたい。仲のいい同期じゃもう物足りない。好きだから、隠された核心にふれてみたいのだ。

「おーい、なっちゃん?」
「あ……ごめん、なに」
「はい、できた」

そっち運んで、と渡されたのはどんぶりいっぱいに盛り付けられた牛丼だった。勇征が俺のために作ってくれた初めての手料理。それを見た瞬間、もう一息で踏ん切りがつきそうだった決心がみるみるうちに萎んでいくのを感じた。恋人を作らない理由を、時おり見せる寂しげな瞳の理由を、もしも聞いてしまったらこの仲はどうなるだろう。そんなことを聞かれたところで勇征は嬉しいのだろうか。きっと違う。距離を置かれるに決まっている。どれほど大切に積み上げてきた関係でも壊れる時は一瞬だということを、俺は痛いほど知っている。

「なっちゃん、食べよっか」

テーブル越しに向かい合った先、ご機嫌そうな勇征がにこにこと話しかけてくる。ついぞ意思を固めきれなかった俺は気の利く話題も思いつけず、ただ情けなく笑い返すしかできなかった。