髪が顔にへばりつく。

汗と言う名の糊は、粘度をさして持たない割りに、これらを強く結びつける。

…この手で払い除ければ、簡単に離れてくれることくらい、知っているけど。



「…あつい」



口にしてみると、より湿度が増した気がした。

気のせいでも何でも、感じたままが、私にとっての真実だ。



「…思っても言うなよ。余計暑くなるだろ」



だらだらと汗を流しながら振り返った彼は、顰めっ面。

比較的、笑顔でいる姿を見かけることが多い気がするが、対面すると、そうでもなくなる。

私には、あまり笑わない。

それが何を意味するかなんて、私は知らない。



「上ノ島も言ってんじゃん」



ぼそっと、思わず出てしまった言葉に眉間の皺を増やした彼は、少し、大人びている。

普段よりは、だけど。


子供っぽくて、可愛らしい。

そんな形容の方が、彼の印象としては、一般的だから。



「…うるさいな」



語彙力が低い訳でもあるまいに。

とっさに、罵る言葉など、出てこないのだろう。

彼にとって、さして必要ないから。


…なんか、良いな。

そんな彼が、好きだと思った。



「上ノ島さぁ、」



小屋を掃除し、水と餌を取り替える。

動物たちの状態を確認し、異常が無ければ、体を撫でて話しかけ、小屋を後にする。

それを何度か繰り返した後、私たちの仕事は、終了する。



「…なんだよ」



この時間が終われば、また、次の彼との時間を待つことになる。

それは、一体いつになるのか。

長期休みを迎えようとしている今、それは、途方もなく遠いことに思えた。



「夏休み、何するの?」



そう思うのは私だけ。

彼は、楽しみにしているに違いない。

大多数は、そうなのだ。

私が、ただ、変わっている。



「何って…、宿題とか、家の手伝いとか…、虫取りとか」



一番に、宿題を挙げるのが、い組らしさなのだろうか。

続く、手伝いも、真面目なその性格を印象付ける。


でも、ちゃんと、遊ぶんだ。


それに、少し、ほっとした。



「…そっか」



家は、遠いのだろうか。

私の村からは、どのくらいあるのだろう。

兄弟は、ご近所の友だちは、


…音にならない問いかけが、口の中で逆流し、胸の辺りに、すとん、と落ちた気がした。



「…そういうみょうじは、どうなんだよ」



…、まさか、聞き返されるとは思っていなくて。

ぱちぱちと、目を瞬かせる私は、彼の目に、どう映るのだろう。

きっと、間抜けに違いない。



「…何だよ、そっちが聞いてきたんだろ」



ぷいっと、そっぽを向いてしまった彼は、怒っているのだろうか。

いつでも少し色付いた頬が、更に、赤く染まっている気がして。


それは、暑さのせいなのか、感情の影響なのか。

後者だとして、それは何を意味するのか。

空気に乗せられない問いを、また、ごくんと飲み込んだ。



「…虫取り、したい」



自分の口にした台詞が、信じられなかった。

何て大胆なことを言うのだろう。

だけどきっと、これが、私。



「…一緒に行ってやっても、良いけど」



信じられないことは、重なって起こるらしい。

思わず見つめた彼の目が、じっと私を捉えたから。


舞い上がって、何だかもう、どうでも良くなってしまった。


へらっと、締まりなく笑うことしか出来なくなった私を、彼は、どう思っただろうか。


それすら、どうでも良くなってしまった。





溶けた





***
H25.7.20

ALICE+