『嘘吐き』
なんて咎めるのは、ちょっとやりすぎかな。
きっと君は、そんなつもりないんだもの。
だけどね、予感がするんだ。
それはきっと、当たるよ。
いつもそうだから。
実現してほしくないことばかり、本当になってしまう。
「…三ちゃん?どうしたの?」
きょとん、と目を丸くして、君は言う。
僕の手を愛おしそうに握る指先は、細い。
さして差のない自分のそれの細さに、またじくりと痛んだ。
「だって、そうだもん」
少し明るい色をした、彼女の髪の毛先をぼんやりと見つめる。
少しだけ、くるんと内側を向いている。
綺麗に整ったそれは、何故か、僕の神経を逆撫でした。
「えっと…、ごめん、私、気付いてないみたい、だから、どのことか、教えて貰っても良い…?」
僕の様子を窺いながら、言葉を丁寧に選んで並べる。
彼女の、そんなところが気に入らない。
「…だって、そうだもん」
ただ、繰り返すことしかしないのは、気付かない彼女を責めたいからなのか。
それとも、子どものわがままだと、自分で分かっているからなのか。
どちらにせよ、僕は、上手に言葉を選ぶことが好きじゃなかった。
「…三ちゃん?」
横から、覗き込むようにして僕を見る。
それがまた、嫌いだった。
繋いだ手と手は、ほんのりと熱を持ち始めていたけど、僕の芯の部分は、すっと冷えていくようだ。
「…嫌い」
何でそんな目で見るの。
君が悪いのに。
何で、僕を責めるの。
僕は、本当のことを言っただけ。
「…さん、ちゃ…」
唯一繋がっていた手のひらと指が、力なく滑り落ちていく。
"好き"だなんて、簡単に口にしてしまうから。
いつか嘘になるのに、期待なんてさせるから。
そんな君が、君の優しさが、嫌い。
「…嫌い。どっか、いってよ」
ぶらんと自由になったその手を、次は、誰と繋ぐの。
こうして僕から離れたって、いくらでも代わりはいるくせに。
好きだなんて、言わないで。
ふんわりとした、君の笑顔なんて、大嫌い。
嘘で塗り固めた笑顔なんて、汚いだけ。
綺麗すぎる君の裏側なんて、僕は知りたくない。
「っ…」
パァンと、彼女の手のひらと僕の頬は、高めの音を生み出した。
じわりじわりと、痛みを感じ始める。
咄嗟に顔を上げると、いつの間にか正面へと移動していた彼女が、冷えた目をしてこちらを見ていた。
「…ねぇ、意味、分かる?」
色のない瞳を向けるくせに、声は、いつものままだ。
柔らかくて、明るさを失わない、優しい声。
意味だって?
分かる訳ないじゃないか。
僕は君のことなんて、何ひとつ分かっちゃいないんだから。
「…三治郎、お前なぁ…」
ふてくされたように顔を背ける僕を、呆れた目で見てくる。
『怒らんから正直に言ってみ?』
って言ったのは虎若じゃないか。
どうしてそんな、咎めるような台詞を聞かされなくちゃならないの。
居直ってしまった今の僕には、お前の当たり前は通用しない。
「…なに」
「…本当に分かんなかった?」
「…だからそう言ってる」
はぁぁぁ、なんて、長いため息をつかれたって、彼女の言葉の意味が分かるわけじゃない。
ただ腹が立つだけだからやめてほしいけど、顔を上げた虎若の表情が、急に締まって、目が鋭くなったから。
少し、息が詰まって、何も言えなくなった。
「三治郎はさ、なまえさんのこと、何だと思ってる?」
「…何って…、」
世間一般の呼び名を当てはめるなら"彼女"…だった人。
"元カノ"ってヤツになるの?
…何だと思ってる、なんて訊かれたって、何をどう表せば良いのか分かんないよ。
「なまえさんのこと、好き?」
「…そりゃあ」
何だって言うんだ。
そんな当たり前のことを言って、何になるのか。
僕は、相談する相手を間違えたのかもしれない。
「じゃあ、三治郎は…」
「もう良い。意味分かんないし。こんなことしたって、なまえが戻ってくる訳じゃないし」
「それだよ!お前は分かってない!根本的に間違ってる!」
カッと目を見開いて、ついでに胸倉まで掴まれて言われたって、分かる訳ないじゃないか。
何で僕だけ分かってなくて、悪者にならなきゃいけないの。
「…だから、分かんないって言った」
「この期に及んでまだ言うか…!お前、その諦め癖どうにかしろ!」
「…だって、」
「だってじゃない!諦め切れないくせに、諦めたフリなんかするなっつってんの!」
『そんなんじゃ、本当になまえさんに捨てられるぞ』
虎若の台詞はひたすら意味が分からない。
だからもう、なまえは僕のものじゃなくなったって言ったじゃないか。
自分の中で反芻してしまえば、もっと苦しくなるって分かってるから、なるべく考えないようにしてるのに。
「なまえさんトコ行って来い」
「…やだ」
「やだじゃない。行って来い」
「…なまえは僕になんか会いたくないよ」
「どうして分かる。お前はなまえさんのこと全然分かんないんだろ。だったら本人から聞いて来い」
「…でも」
「でもじゃない。行かないなら友達やめるからな」
何だよそれ…小学生じゃあるまいし。
僕から離れていく虎若の手が、あの時の彼女に重なって、息がしにくくなった。
「…三ちゃん?」
別に、虎若に言われたからとかそういうんじゃなくて、自然と、極自然と、彼女の家の方へと足が向いてしまっただけであって。
それは、僕と彼女が"恋人同士"と言う枠におさまっていた時の癖だから、そんなすぐには消えなかったってだけの話だ。
「…会いに来てくれたの?」
なまえの態度はいつも通りで、苦しんでるのは僕だけみたい。
ほら、やっぱりそうなんだ。
僕がいなくたって、なまえの世界は狂いなく回る。
「…座ろっか」
彼女が僕の手をとる。
そっと、優しく。
よく知った手の形とあたたかさに、涙が出そうになるのを何とか誤魔化した。
彼女の家の近くにある小さな公園は、僕らのいつものデートスポットだった。
古びたベンチに座って、他愛もない話をするだけ。
夏には暑いねって、並んでアイスを食べて、冬には寒いねって、僕は缶コーヒー、彼女は何故かいつもおしるこを飲んでた。
寒い日にはこれが良いんだよ、なんて言って。
「あったかくなったね。もう、暑いくらい」
日本人は天気の話が好きだと言うけれど、なるほど、話題に困った時にはちょうど良い。
困らせているのは誰でもない、僕だけど。
つい一、二週間前にも、同じように並んで座って、似たような会話をした筈なのに。
気付いていないことだらけだ。
「…三ちゃん?」
また、あの優しい声で僕を呼ぶ。
控えめに、僕を横からのぞき込む。
もう、良いよ。
僕の為に作った君なんて、嫌い。
「…分かんないよ」
「…さん…」
「分かるわけないだろ…僕となまえは違う人間で、性別だって違うし、何もかも一致しないんだから。当たり前じゃないか。何で優しくするの。頑張って取り繕ってくれなくて良いよ。別にもう、付き合ってる訳じゃないんだし」
パァンと、つい先日聞いたより高く、強い音が響いた。
あの時と同じように顔を上げると、またあの冷めた目を見なきゃいけない。
分かっていても、とっさに体は動いてしまった。
「…三ちゃんは、さ、」
僕は後悔した。
直前に吐き出した言葉も、態度も、ここ数日の言動思考すべてを。
考えなかった訳じゃない。
期待なんてして、裏切られて、傷つきたくなかっただけ。
だって、彼女はちゃんと、示してくれていたから。
優しい声も、言葉を選ぶ癖も、控えめな手のとり方も全部、僕を安心させる為。
ちょっとしたことですぐへそを曲げる癇癪持ちの僕のことを、想ってくれていただけ。
「…もう、要らないの?」
やっぱり僕は分かっていなかった。
あの冷めた目の意味も、そう。
彼女はもう、僕を見限ったんだと思ってた。
これからは、その他大勢と同じ扱いになるんだろうって。
…本当は、怒ってたんだ。
いつまでも君を、僕を、見ようとしないから。
「三ちゃん」
『逃げないで』
そんな声が、聞こえた気がした。
瞳いっぱいに涙をためて、僕を強く見つめる彼女は、なんて綺麗なんだろう。
どこか、ふわふわと浮いているような心地がして、何だか妙な気分だ。
だけど、何となく、すっきりしていた。
答えなら、とうに決まってる。
久しぶりに、心から笑えた気がした。
今すぐ抱きしめて
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H24.5.24
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