そんなことくらいで、離れようなどと考える訳もなく。

連絡だってあったし。

すっぽかされてるんじゃないし。

ただ、…ただ、ちょっと、遅刻魔なだけなのだ。

お寝坊さんのうっかりさんなだけなのだ。

のんびりしていらっしゃるだけで、

私に嫌がらせしてやろうとか言うことではない、…はず。

まして、私に嫌気がさして、遠回しに別れろなどと言っている訳では、ない…?

いや、ない!
違う!

彼がそんなまどろっこしいことするもんか!

付き合って暫く経ってから分かったのだが、彼はなかなかのめんどくさがり屋なのだ。

潔癖性なんじゃないかと思う程に"清潔"に対して神経質な彼は、脱いだ服をそこら辺に放置したり、食べた後の食器やゴミをそのままにすることなんて、絶対にない。

むしろ進んで片付けるし、一時間にもう何回目だと驚く程、机等をよく拭く。

除菌だって欠かさない。
それは、物に対してだけでなく、自らの手指にも及ぶ。

手ピ●ジェルとか言う最近の便利な除菌グッズではなく、医療の場で用いられているような、ウェル何とかとか言う消毒液である。

一般家庭に、何故こんなにも消毒用薬品がたくさん揃っているのか、不思議な程である。

そういえば、幼馴染みである伊助の家、と言うか伊助の部屋には、重曹、クエン酸、ビネガー水に始まり、ありとあらゆるお掃除グッズが取り揃えられていた。
いつからお前の部屋はドラッグストアないしホームセンターになったのだ、と若干引いたものであるが、とうに慣れてしまったので、別段何も感じなくなってしまった。

慣れと言うのは恐ろしい。

いや、伊助の話は良い。
奴は今頃、加藤か佐武辺りの家にゲリラ豪雨より鬱陶しいゲリラお掃除隊として突撃しているか、黒木くんの家辺りで茶でもしばいていることだろう。
うん、それはどうでも良いんだ。

…何の話か忘れたじゃないか!
伊助のあほ!

えーっと…、そう、ほら、彼に潔癖のきらいがあるって話!

そう、だけど、彼はなかなかのめんどくさがりなのだ。

それは、主に人間相手に発動する。

自分の思考を汲めない人間との対話であったり、行動を共にすることが嫌いなのである。

何故って、そんなの、"めんどくさい"の一言に尽きる、らしい。

身近な例で言うと、加藤が分かりやすいかもしれない。
何たって、めんどくさいわなんか腹立つわで、関わりたくない人間の象徴であるらしい。

気持ちは分からんでもないが、そこまで言わずとも良いのでは…?と思いながらも言葉をごっくんしたのは記憶に新しい。

ぱっと見から伺える控えめな印象とは裏腹に、自分の中の甲乙がはっきりした人であるらしい。

それを伊助に話したことがあるのだが、"団蔵だから仕方ないんじゃない?"の一言で片付けられてしまった。
加藤とは友達ではなかったのか…、そうツッコみたい心を抑え、その時も言葉をごっくんしたのを思い出した。

伊助もまた、めんどくさがりである。
奴の場合、人の関わらない行動すらもめんどくさがる。
と言うより、自分に纏わるエトセトラは適当で良いや、めんどくさいし、と言ったスタンスであるらしい。

つまり、私との会話は、"めんどくさい"で片付けて良い事柄として認識されているらしい。
何とも腹立たしいことである。

…だから伊助は良いんだってば!

何が言いたいかと言うと、一般的に見れば、彼―下坂部平太―は、少し変わった人と言うことになるのだが、私の周りには既に、お掃除&お洗濯魔神と言う変人極まりない伊助がいるので、全く気にならないのだ。

一緒にするつもりはないし、したくもないのだが、伊助と彼は、少し似ている。
少し、だけ。

大きく違うのは、人に対するマメさではないだろうか。

伊助は非常にマメである。
女子顔負けのマメさだ。
細かすぎて重いって言われるパターンだぞ!と忠告してやったら、頭をはたかれた。
柔和な顔を見せておきながら、奴はなかなか暴力的なのである。

一方、彼はと言うと、人付き合いを"めんどくさい"で放棄してしまうような人なので、マメさは欠片も見当たらない。

メールを送るのも、電話をかけるのも、全て私からだ。
メールに関しては、三回に 一度返ってくれば良い方である。
勿論、かけた電話に対するコールバックなどあるはずもない。

初めこそ、不安にもなれば、憤りを感じたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。

これが彼にとっての普通であり、そこに特別な意味はないのだ。

確かに、"好き"や"愛してる"の言葉もないし、私を気遣う行動もなかなか見受けられない。

果たして本当に、私のことを好いてくれているのだろうか。
疑うと言うより、怖くなることが、しばしばあった。

例えば、こんな風に、待ちぼうけを食らっている時。

私など、彼にとってどうでも良い存在なのではないかと、ぐらぐら心が揺れてしまうのだ。

彼を待つ、この二時間弱。

私の頭の中を占めていたのは、完全に彼だろう。

…偶に伊助が邪魔をしていたけれど。

こんなに想っているのに、彼には届いていないのだろうか。

"嫌ならやめれば?"

事も無げに、めんどくさそうに吐き出した伊助の言葉が、フラッシュバックする。

…やめようかな。

偶に、たまーに、考えてしまうことがある。

もっと、分かりやすい優しさを、たくさん与えてくれる人だっているはずなのだ。

これでも、それなりに、好いているのだとお声をかけて頂くこともあるし、可愛いと言って貰えることも少なくない。

私だって悪くないじゃない?なんて、調子に乗っても良いじゃないかと思うこともある。

それでも、いつも、何かが心に引っ掛かり、一歩踏み出せずにいた。

その何かが、情や惰性であるのなら、潔く断ち切ってしまいたい。

マンネリ化したまま、ずるずると付き合い続けるのは好きじゃない。

でも、その何かが、何物にも代えがたいものであるならば、決して手放してはいけない気がしてならないのだ。

実際のところ、どうなのか。

私は未だ、確かめられずにいる。



「…なまえ」



振り返れば、件の彼の姿。

息を乱した様子もなく、いつも通りの出で立ちで、そこにいる。

ほら、私は、彼にとって、そんな程度なのかもしれない。

悪いと思っていない訳ではないだろう。
言葉や行動はぶっきらぼうでも、思いの巡らせ方が多少変わっていても、その心はあたたかい人であるはずだ。

そう、断言出来たのは、先程から、私の手をぎゅっと握る彼の体温を感じているからかもしれない。



「…なまえ」



そして私は気付くのだ。

うだうだ言ったって考えたって、やっぱり答えは同じ。

伺うような目をして私を見る、その微かで分かりにくい不安を、理解し、その手を引くのは、自分でありたい。



「…行こっか」



笑って、繋がった手を引いて言えば、ほら。

あの彼が、嬉しそうに小さく笑って、頷くのだ。

こんな喜びはないだろう。

愛しさからくる行動が、彼の笑顔を生み出したのだから。

こんな幸福感、誰にも譲ってやる気はないのである。


…でも、待たされてる間、寂しかったのは事実だから、おいしいケーキでも奢って頂くことにしよう。

何事もバランスが重要だからね。










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H24.12.25

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