私の兄は、優しくない。

と言うと、少し語弊がある。

本当は優しいのに、素直じゃないから、とっても伝わりにくい。

泳ぎが得意で、学生の時は水泳部のエースだったし、頭も良い。
今だって、競争率の高い企業に勤めてる。

兄は、てっきり、父の跡を継いで漁師になるものだと思ってた。
気になって訊いてみたところ、漁師として海に出るより、漁業における市場の在り方を変えていく方に就きたい、だそうだ。
今の仕事は、社会を学ぶこと、人脈をつくること、そして、金を貯める為にしている、らしい。

何となく理解した気になってるけど、私には、兄が本当に何を考えているのかは分からない。

ただ、兄のことは好きだった。

私が悩んだり落ち込んだり、浮かない顔をしているとすぐに気づいて、吐き出させてくれるし、気持ちだって汲んでくれる。

兄の、背丈の割りに大きくて、ゴツゴツとした手に撫でられるのが、何より好きだった。

…とまぁ、多少ブラコンの気があるのは認めよう。
にしても、それを差し引いても、我が兄、池田三郎次は、所謂イケメンなのだと思う。

兄の特に仲の良い友達三人も、私のことを気にかけてくれるし優しいし、紛れもないイケメンだと思うけど、やっぱり兄が一番だなぁと思う。

そんな兄が、近頃、彼女と別れた。

兄にしては、随分と手こずっていたというか、何で諦めないんだろうと、疑問に思ってしまうくらい、一筋縄ではいかない人だった。

ちらっとだけ、写真で見たことがあるけど、確かに綺麗な人だったけど…、兄がそこまで拘る理由が、よく分からなかった。

ただ、私に写真を見せた時の兄の顔が、誇らしげで、嬉しそうだったから。

少しだけ、妬けてしまったことの方が、印象的で。


…そんな彼女と別れてしまったとは、どういうことだろうか。

平然を装ってはいるけれど、血縁をなめてもらっちゃ困る。
まして、自分で言うのもなんだが、私は兄が大好きなのだ。
そんな兄の変化を、見逃す訳がない。

落ち込んでいる、というよりは、ぼーっとしていて、心ここに在らず、って感じ。

…そんな訳で、妹はとても心配なのです。



「ねぇ、何か聞いてない?」

「いや…、三郎次、こういう事は滅多に相談しないからなぁ」

「そっかぁ…。久ちゃんも?」

「俺の方にも、ないな。悪い、」

「そっか…ありがと」



兄の仲良しさんならば、私にとっても仲良しさんな訳で。

特に、左近ちゃんと久ちゃんは、私を妹のように可愛がってくれるし、兄を思う者同士、情報交換をし合う仲なのだ。



「あ、そういえば、」

「えっ、何なに!?」

「いや、後輩が…、みょうじの後輩でさ、確か…、三郎次からフッたって言ってたな」

「あれ、そうなのか?じゃあ、もしかしたら僕の後輩もそうかも」

「…お兄ちゃん、何があったんだろ…」

「まぁ…アイツら、高校からあんな感じだったしな…」

「三郎次も、意地になってたのもあっただろうし…」

「…何がそんなに良かったんだろ」



はっと、口を押さえても。

吐き出してしまった言葉は取り戻せない。

ずっと、思ってたことだから、つい、口をついて出てきてしまった。

兄の前じゃなかっただけ、幸いだったのかもしれない。



「それは、まぁ…」

「僕たちも思ってたから…」

「二人とも…?」

「あ、いや、悪い子じゃないとは思うけど…」

「ほとんど喋ったことないし、あんまり印象が強くないんだ。ちょっと大人しそうかな、ってくらいで」

「大人しい、と言うよりは…無駄口叩かない、って感じだな」

「あ、そんな感じ。無愛想って程じゃなかった気がするけど」

「…全然お兄ちゃんの好みじゃないね」



兄は今まで、ちょっと頭が足らなくても明るくて面白い人とか、女の子らしくて守ってあげたくなる人とか、そんな感じの人と付き合ってた。

…なのに何で?

今までになくて、新鮮だったの?
何がそんなに良かったの?

…何も分からないから、何をどうすれば良いのかも分からない。



「確かに心配だけど、三郎次の問題だから、な」

「僕たちがどうこう言っても、仕方ないよ」

「うん…分かってる、けど、」

「ほら、甘いもんでも食べよう。何が良い?」

「プリン」

「左近、お前じゃない」

「え?」



二人のいつものやりとりをBGMにしながら、頭の中に浮かべるのは、兄の憂い顔。


…早く、忘れちゃえば良いのに。





***
H26.6.18

シンデレラは私じゃない、から繋がります。
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