指先の動きが、いつもより素早いことに気がついて、可笑しくなってしまった。

そう思う前から、口元は緩んでいたのだから、相当だな。


メールの返信だって、普段はこんなにマメじゃない。
文面の質素さは変わらないが、いつもより、ずっと気を遣って作成してる。


もうすぐ、そう思うと…、まずいな、仕事には集中しないと。

今日は残業しない。
だからと言って、仕事を明日に残すことはしたくない。

彼女のことばかりを頭に浮かべている訳にはいかない。

…こんなの、アイツらに言えば、きっと笑うんだろうな。

そう思うと、自然と心が落ち着いた。






「…っ、ごめんなさい、遅くなってしまって…」

「お疲れ。5分ぐらいだろ、気にしなくて良いよ」

「あ…、ありがとう、ございます…。能勢さんも、お疲れさまです」

「ん。行くか」

「あっ、はいっ」



"控えめ"

こんな言葉ひとつじゃ、形容し切れる筈もないが、彼女に対する印象で強いのは、それだろう。

常に、一歩も二歩も引いて、こちらの様子を伺ってる。

気を遣ってるんだろうな、とは思うが、それにしても、緊張状態が続きすぎている気がして。

それは、俺が威圧感を与えてしまっているのか、単に、彼女がオドオドしてしまう性分なのか。
どちらかは分からないが、あまり望ましいことではない。

勝手な想いとしては、笑っていてほしい。

ふっと気の緩んだ瞬間の、あどけない笑顔が、ずっと、忘れられない。

何度だって、見たくなる。

…単純に、可愛いと思ったんだ。

でも、彼女はなかなか笑わない。

その張り詰めた糸が、なかなか切れることがないから。



「今日は忙しかったか?」

「はい、少し…。嬉しいこと、です」

「そうだな。…仕事、楽しいか?」

「はい、楽しいです」



目も、あまり合わない。

苦手なのかもしれないし、無理に合わせようとしないことにした。

俯きがちなその顔を、少し上から見下ろす形で見ると、嬉しそうに微笑む彼女がいて、ドキッとした。

…そんな顔も、するんだな。

年下だからって、侮れない。



「…能勢さんは、お仕事、楽しい、ですか?」

「…そうだな。楽な訳じゃないけど、やりがいはあるよ」

「…、良かったです」



ちらっと、上目遣いでこちらを見るのは、やめてほしい。

…俺の心臓がもたない。

この感覚も、久しぶりだな。
学生の時に戻ったみたいだ。



「…能勢、さん」

「…ん?」

「あの…、どうして、選んで下さったんですか…?」



『自分を、』ってことなんだろうな。

どうして…、

どうして、は、難しい問いだ。



「…カッコつけても仕方ないし、正直に言うけど、」



はっと息を飲んだ彼女は、やっぱり可愛いと思った。

素直で、飾らない。

そう、形容出来る女性との付き合いが多かった筈なのに。

彼女は、何かが違う。



「一人で張り詰めて頑張ってるから、なんか、甘やかしたくなった」



詰まるところの理由なんて、そんなもんだ。

ピンと来たとか、何だとか、感じなかった訳じゃないんだけど。

抱き締めてやりたいとか、頭撫でてやりたいとか、そんなことばっかり頭に浮かんで来て…、
言ったら引かれるだろうし、伏せとこうと思ったんだが…、

何となく、正直に言った方が良い気がして。

それは、彼女が、真っ直ぐだと感じたからかもしれない。



「そんだけ」



そう付け足して、顔を上げれば、耳まで赤く染めて俯く彼女がいたから。

あぁ、やっぱり可愛いな。

欲しいな、

そう、思ってしまった。





 ≒ 





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H25.6.29
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