「…お腹、空いた…」
重いのは、物の沢山入った鞄だけではないようだ。
棒のようになった足も、ずんっとのし掛かるような肩も同じ。
ついでに、時折霞んでくる目も。
唯一軽いのは、気分くらい、か。
まだ付き合って半年とは言え、彼の家に向かうことに胸が躍るだなんて。
伊作に知れたら笑われそう。
彼―川西左近くん―は、間違いなく私の癒しだと思う。
「…はい、」
今から向かいます、と、事前に連絡していたからだと思うけど、インターホンを鳴らして間も無くドアが開いたのには、少し驚いた。
私じゃなかったらどうするの、不用心だな、と思ってしまった。
出迎えてくれて嬉しい!より、心配が勝ってしまった自分の思考に、あぁ私も歳をとったんだな、なんて思う。
…こんなことを言っていたら、青二才が何を、と、年配の方に怒られそうだけど。
間の短さの割に、控えめな声と、どこか、こちら伺うような表情。
そして、私を目に映してすぐ、それが和らいだ気がしたから、たぶん、同じことを思ったんだと思う。
こういうところがまた、可愛くって。
癒しだなぁと、改めて。
「遅くなってごめんね。ご飯、食べた?」
「…まだ、です」
「ごめんねお腹空いたよね。すぐ作るね。ちょっとだけ待ってて、」
「なまえさん」
コートを脱ごうとする私の台詞に被せて、名前を呼ばれたものだから。
急がなきゃ、と逸る心とは裏腹に、体の動きが止まる。
私、左近くんの声、好きだな、なんて考えながら。
「、左近くん?」
「…、おかえりなさい」
これは、彼の癖なのだろうか。
あまり、目を合わせてくれない。
いつもではないのだけど、私が話す時は、目を見て聞いてくれるのだけど。
自ら言葉を発する時には、よく、目をそらされてしまう。
こんな時は大体、口先が少し尖っていて、それがまた可愛いのだ。
何でもないような台詞でも、一人暮らしの長い私にとっては、あたたかい響きだなぁと思う。
それをくれるのが彼ならば、尚更。
照れてるんだろうな、とは分かっているけれど。
あまりに嬉しくて、愛しく感じたので、思わず抱きついてしまいそうになるのを抑えるのに必死で。
ただいま、の一言が、震えてしまっていたかもしれない。
「左近くん、お風呂、お湯ためて良いかな?シャワーの方が良い?」
遅めの夕飯と、その後片付けを終えた今、時計は11と12を指してる。
明日は、私は休みだから良いけど、左近くんは学校があるし、早く寝ないと。
ただでさえ彼は、朝が弱いんだから。
寝ぼけたままの顔が、また可愛いんだよなぁ、なんて、思い出しては浮わついている場合じゃない。
早く寝支度しないと。
「…、なまえさん」
ぽつり、と、彼が私の名前を呼ぶ時は、何か、聞いてほしい時。
少し、頑張って、言葉を紡ぐ時。
この、はっと息を飲む感じが、近頃の自分にはないもので、何だかむずむずする。
「うん?」
彼には、締まりのない顔ばかり見せてしまっている気がして、急に恥ずかしくなって。
四つも年下の男の子を、ガッカリさせてしまっていないか、急に、不安になった。
慌てて表情を作り直して、向き直った先には、
「…、一緒に入りたい、です」
思っていたよりずっと、男の顔をした彼が、私を見つめていた。
***
H26.3.23
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