…まずい、また寝坊した。
これはまずい。
授業に遅れるのも良くないけど、待ち合わせに遅れるのもこれまた良くない。
三郎次や久作ならともかく、映画の時間もあるし、意地でも間に合わせないと。
とにかく急いで、最低限の身支度をして、部屋を飛び出した。
築年数のいった階段をカンカンと鳴らして駆け降りる。
危うく転けかけたけど、躓いただけで済んだ。
エスカレーターが点検中で階段を駆け上がり、改札に切符が詰まって足止めを食らったけど、ギリギリ電車に飛び乗れた。
今日はなかなかラッキーだな。
ガタンゴトン揺られながら、幸先の良さを素直に喜んだ。
…のも束の間、嵐の前の静けさだったのだと知る。
「…、川西?どうし…」
「なまえ、何固まって…、」
よりにもよって、こんな時に。
そんな風に思うのは、いつものことだけど。
それにしたって。
何よりも気になって仕方ないのは、一緒にいる相手が、…伊作先輩だってこと。
何もおかしくない、元々なまえさんと仲が良かったのは先輩だし、僕らを引き合わせてくれたのだってそうだ。
何の不思議もない、けど、妙な違和感を、感じてしまう。
距離が近すぎないか、とか、醸し出す雰囲気が、何だか…、
本当は、僕が隣にいるよりずっと、違和感がなくて、…少し、怖い。
「あれ、左近?ちょっと久しぶりかな?元気だった?」
「…あ、はい。お久しぶり、です、先輩」
「見たい映画があってね、なまえに付き合って貰ってたんだ。留さん忙しそうにしてるし、最近遊んでくれないんだよね〜」
「あ…、結婚、されるんでしたっけ」
「そうそう。彼女と同棲も始めてね。おかげで僕に構ってくれなくなっちゃった。ま、仕方ないんだけどさ」
「…、伊作、行こう。左近くん、また、ね」
「あ…、」
いつもと変わらぬ調子で話し始める伊作先輩を、やんわり止めて手を引く姿は、やっぱり、とても自然で。
僕の知らない時間の壁を、感じずにはいられない。
その手は、その手が取るのは…、なんて、
何を考えてるんだろう。
映画どころか、マトモにデートしたのだって、初めの一、二回だけ。
なまえさんは、土日は必ず仕事だし、平日の休みは、僕の実習や講義と重なることが多くて、日中に会える日なんてほとんどない。
だから、会うのはいつも僕の部屋。
それも、なまえさんの仕事が終わってから。
21時は回ることが大半だ。
過ごしてきた時間が違いすぎる。
そんなことは、分かりすぎる程に知ってるのに。
「…川西?」
はっと、我に返った。
そうだ、僕は今、一人じゃなかった。
クラスメイトと、映画を観ていたんだ。
半ば強引に連れて来られたけど、映画そのものはなかなか面白かった。
カップル割なんてものが存在して、安く観ることも出来たし。
…、なまえさんたちも、同じ、だったのかもしれない。
きっと、他意なんてなくて、僕らと同じ、映画を少しお得に楽しもうってだけで…、
きっとそうだって、思い込むしか、今の僕には出来る気がしなかった。
「…今の、もしかして…、彼女…?」
『彼女』
なまえさんを指すその響きが、自分以外の口から出たことが、嬉しかった。
そうだ、あの人は、僕の、彼女。
…どうしよう、違和感が拭い去れない。
「ごめん、ね…無理矢理連れて来たから…。誤解、させたんじゃない…?」
「……誤、解…?」
「だって、自分の彼氏が違う女連れてたら…浮気かもって思わない?」
……そうか、そんな考え方も出来るのか。
思い付かなかった。
……なまえさんも、そう、思ったんだろうか。
それから、ずっとあったもうひとつの違和感が、今、分かった。
なまえさんは、どうしてここにいたんだろう。
今日は、土曜日なのに。
***
H26.5.14
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