『アイツ、どうにかして』


そんな台詞と共に、現状と言う匙を無造作に投げつけてきたのは、やはりと言うべきか、川西だった。

眉間に皺を寄せて、呆れた色で瞳を染め上げている。

八つ当たりでもされたんだろうな。

想像に難くないのは、こんなのは日常茶飯事だから。

毎回毎回、過剰反応していては、身がもたないのだ。

ちなみに、こうして、元凶である池田を宥めるのは、私の役目であるらしい。


"何で?"


と川西に言ってみたこともあるが、


『お前しか無理』


と、何とも端的な答えを頂戴してしまった。

そう言われると、それもそうかと納得してしまうのだから、不思議なものだ。



「…池田ー?」



その、程良く筋肉のついた背中に、呼び掛けてみる。

振り向かないだろうな。

そう思い込んでいた為か、ゆっくりとこちらを振り返った彼に、面食らってしまった。



「…なに」



機嫌が悪いのは確かだが、どこか、違和感がある。

いつもは、もっとこう、拗ねたような、不貞腐れたような顔をしていた気がする。

ところが、今は、どうだろう。

へそを曲げている、と言うよりは、落ち込んでいるように見えてしまった。

これは、直観的と言うか、何と無くそんな気がしただけであって、何か確証がある訳ではない。

その割には、私には、それが間違っているとも思えなかった。



「…何だよ」



何だか少し頼りなく聞こえるその声で、私は自らの行動に気付く。

どうやら、足が勝手に動いてしまっていたようなのだ。

彼の、目の前へ。

そして、私の体は、その意識の及ばない別の作用によって、次の行動へと移るらしかった。



「…池田」



大きいとは言い難い、けれども華奢でもないこの腕が、手が、伸びて行く先は。

まぁ、彼のその頬だったのだけど。


やっぱりそうか。

私の奥の方で鳴る声と共に、頷いた。



「…、じゃなくて、」



一度言葉を切った私が、少し冷えてしまっている両の手で、同じように少しひやっとする彼の頬を、包む。



「三郎次」



大きく見開かれた彼の目を、じっと見つめると、私の中に潜む何かが、ぱちんと弾けたようだ。



「…三郎次」



目を閉じて、こつんと、額を合わせてみる。

あたたかくて、どこか寂しさを帯びた瞳が、瞼の裏でも浮かんだ。

気付けば、口角が上がり、体中の力が少し緩んでいる。

これは所謂、微笑んでいると言う状態なのだろう。

何故かなんて、愚問と言うもの。

それは、彼だって、分かっているのだと思う。



「…なまえ」



返事の代わりに、その目元へ唇を寄せた。

あたたかい。

それだけで、とても満たされた気がした。

そして、それがきっと、答えなのだろうとも。



「三郎次、好きよ」



泣き出しそうな程揺れた瞳と、対照的な力強い腕が、愛おしくてたまらなかった。

出会ったあの頃よりも随分と広くなった胸に抱かれる日を、どこかで夢見ていたのだろう。


どうしても失いたくないと、強く望んでしまうことを知っていたから。

分かっていた筈なのに、知らぬ存ぜぬを貫き通してきたから。


いつか、崩れてしまう、…と言うより、壊してしまう日が来ると、気付いてはいたけれど。


もしかしたら、追い詰めてしまっていたのかしらと、鈍い痛みが胸を走った。

その矢先、



「…知ってる」



逞しい腕に、更に力がこもったのを感じたら、何だか泣けてきてしまった。

今はもう、この、ゆるく保たれたあたたかさに身を委ねてしまっても、良いんじゃないだろうか。

私は、こんなにも強く、守られていたのね。

漸く気付いた私を、彼は許してくれるのだろうか。


…それこそ、愚問なのかもしれない。



「なまえ、」



どうして出逢ったのが、この箱庭の中だったのだろう。


どうして目指したのが、穏やかならざる道だったのだろう。



愚問だと気付いていても、尽きることはないらしい。


それなら、



「愛してる」



守り抜くしかないじゃないか。


命でも何でも、

私のすべてを賭してでも。











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H25.1.8
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