再び、この部屋を訪れることが出来たという事実に、安堵している自分がいる。
まだ、何も、解決していないのに。
どうなってしまうのか、まだまだ、分からないというのに。
また、会える。
そう思うだけで、どこか満たされていくのを感じては、苦笑してしまう。
「…、どうぞ」
「あ…、うん、ありがとう」
お邪魔します、小さく付け足して、鞄の持ち手をぎゅっと握った。
「ご飯、食べましたか」
「えっ、う、ううん、仕事終わってそのまま来たから…」
「…、一応、作ったんで、良かったら」
「えっ!左近くんが…?」
「…カレーなんで、食べれるものにはなってると思いますけど、」
なまえさんみたいに、上手くは出来てないと思うけど、
ぼそっと、そう足した声が、不貞腐れているように感じて。
色んな嬉しさが合間って、うまく笑えなかった。
「左近くん、おいしかったよ」
「…そうですか」
「うん。ありがとう」
「…いつも、やって貰ってばっかりだったんで、」
今日の左近くんは、ぼそぼそと喋る。
視線を斜め下に向けて、私を、一切見ない。
何かが、確実に違う。
目に見える部分じゃなくって、胸の内と言うか、きっと、奥の方にあるものが。
それが、私にとって、嬉しいものなのか苦しいものなのかは、分からない。
推測でしかないけど、前者のような気が、勝手にしてる。
「…、なまえさん」
「…、うん、」
「…伊作先輩と、付き合ってたんですね」
「…、伊作から、聞いた…?」
「…はい」
「…そっか。付き合ってたよ。ちょっとの間だけだったけど」
まさか、その話を持ち出されるとは思ってなくて、面食らってしまった。
私が引っ掛かってしまったように、左近くんも、気になってしまったんだろうか。
「…今も、好き、ですか」
「…、友達としては、ね。暫く前のことだし、気持ちの整理はついてるよ」
あの時は、そりゃあ、塞ぎこみもしたけど。
それも長くは続かなくて、すぐに元々の関係みたいになれたから。
…少しだけ、しこりは残ったけど、本当に少しだけ。
左近くんを紹介された時は、どういうつもりかと思ったけど…、
彼と付き合い出して、何の含みもないって、分かったから。
単純に、良い人を紹介したいと思ってくれたんだろうなって。
「…そう、ですか」
「うん。…引きずってるように見える?」
「っ…、そういうんじゃ、ない、ですけど、」
なんか、引っ掛かる。
眉間にたっぷり皺を寄せて、そんな顔をするから。
信用ないのかな、と、思った。
「、僕より、伊作先輩の方が、…なまえさんに、似合うと思ったから」
「…それを言うなら、」
口にするべきではないのかもしれない。
だけど、何だか、止まらなくて。
私が怖くてたまらなかったものを、おんなじように、彼も感じているのなら。
きちんと、伝えなくちゃいけない気がして。
「左近くんには、私よりも、もっと若くて、可愛い子が似合うと思ってる」
「…あの子とは、何もないです」
「疑ってる訳じゃないの。ただ、似合うなって、思って。あの時の子じゃなくても、左近くんの周りには、同世代の女の子がたくさんいるでしょう?今は良くても、後々、」
「だったら、」
つらつらと続ける私に、嫌気がさしたんだろうか。
静かに遮った声は、少し低くて、少し、震えているように思えた。
「どうして、僕と付き合ったんですか。学生なんかと付き合ったって、それこそ、今は良くても、すぐには結婚出来ないんですよ。まして、薬科は長いし。子どものこともあるから、女子は、30までに結婚したいんじゃないんですか?」
あぁ、ちゃんと、分かってくれてるんだ。
左近くん、伊作はね、分かってくれなかったよ。
それを責めるつもりもないし、仕方なかったんだろうけど。
ごめんね、私、今、嬉しくて仕方ないの。
「…あのね、左近くん、」
唾を飲み込む音が聞こえる。
どんどん、自分の空気が穏やかになっていく。
「私、左近くんとだから、結婚したい。左近くんと駄目になったら、諦める」
「………は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような、って、こんな顔を言うのかな、なんて考えていたら、失礼だろうか。
すっかり落ち着いてしまった気持ちは、焦りがなくなってしまえば、こんなにもシンプルで。
何をそんなに不安がっていたのか、分からなくなってきてる。
それこそ、呆れられるだろうか。
…それはそれで、良いかもしれない。
「あ、プレッシャーかけたいとか、そういうんじゃないの。嫌なら嫌ってはっきり、」
「嫌なら、」
被せるように飛び出した声は、少し大きくて、強くて。
左近くんって、まっすぐだなぁ、好きだなぁ、なんて、また、そんなことばかり、思ってる。
「…嫌なら、こんなに悩まない。…好きだから、困ってるんです」
それは、私の弱い心を大きく揺さぶるには、十分でした。
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H26.6.2
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