「馬っ鹿じゃないの」
盛大なため息と共に吐き出されたセリフは、随分と聞き馴染みのあるものだった。
コレのどこが大人しくて清楚な美少女だ。
皆騙されてやんの。
「好きでもないのに手出すからじゃん」
何ともベタな、平手打ちをくらって赤くなった俺の頬を見ながら、彼女は続ける。
「そういうの、自業自得って言うの」
俺を罵るのが得意な彼女は、決して俺の目を見ない。
言葉や態度とは裏腹に、よく揺らぐ彼女の目が、俺は好きだった。
「いい加減、もう、やめたら?」
そういえば、彼女は俺の前で笑ったことがない。
鼻で笑われることは多いけど。
彼女に夢見てる、その他大勢には、控えめで、柔らかい笑みを見せているらしい。
今、目の前にある表情からは、想像も出来ないな。
別に見たくもないけど。
「…聞いてんの?」
さっきから一言も発さない俺に痺れを切らしたようだ。
確かに整った顔立ちだけど、そんなに崩しちゃ台無し。
その顔が、俺は好きだった。
可愛いと思う。
そう、作兵衛に話したら、おめぇの趣味は分からんって言われたっけ。
俺は趣味が悪いらしい。
「…なんか言いなさいよ」
苛立っていく彼女を、いつも通りの顔(やる気のない顔、らしい)で見ていたら、ほら、また。
彼女の大きな瞳が、揺らぐ。
心を乱しているのが自分だと思うだけで、何だか嬉しくて。
頬がゆるむのが、自分でも分かった。
「…何笑ってんの」
「なまえ、可愛いから」
「…はぁ?」
ほら、それ。
眉間に皺を寄せて、顔をしかめる。
それがなまえらしい気がして、好きだ。
綺麗に作られた、人形みたいな笑顔なんかより、ずっと。
俺は見たことないから、想像でしかないけど。
「…アンタって何考えてんのか分かんない」
幾度と無く、"彼女"と呼ばれていた女にも言われた気がする。
その時は、さして気にもしてなかったけど。
目の前の、なまえに言われた途端、酷く重く感じるのは、何で?
腹の奥の方がじくじくと痛むのは、気のせいじゃないみたいだ。
「…ちょっ、何で泣いてんの…!?」
にわかに慌てだしたなまえが、一頻り目線をさまよわせた後、俺に近付いてくる。
恐る恐る伸ばされた腕が上下に動いたのと、背中にあたたかさを感じたのは、ほぼ同時だった。
空いた彼女の左手をとって、そっと握ると、彼女の息をのむ声が聞こえた。
早く、伝われば良いのに。
おしゃべりな鏡の前で
***
H23.10.22
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