本当に泣いているのかと疑う程、静かだった。
いつものことと言えばそうだが、今回は、殊更静かだと思った。
それが、彼女の想いの深さを物語るようで、何だか息が詰まった。
『やっぱり、駄目だった』
苦笑しながら、軽い調子で吐き出したセリフが、その重さに耐えかねたかように、静かに落ちた。
ただ、そんな気がしただけだったが、彼女の纏う空気は、それを肯定したようだ。
俺の想像の域を出ることが出来ないのは、彼女が、それっきり、言葉を出さないから。
微かな声さえ聞こえてこない。
言いたいことはいくらでもある。
どうしてこんなになるまで溜め込んだのか。
どうしてあの男がそんなに良いのか。
どうして、俺に何も言わないのか。
…いや、少し違う。
どうして、誰にも言わないのか。
彼女は昔からそうだった。
相手に合わせ、自分を偽ることが上手い。
人当たりが良く、波風を立てず、まだ二十年足らずだが、上手に、と言うより無難に、人生を歩んで来ていると言えるだろう。
少なくとも、気が短くて荒っぽい、頑固な自分よりは、ずっと。
「なまえ」
俺が呼べば、どんな時だって、必ず振り返ってこたえてくれる。
それが、なまえだ。
今までは、それが嬉しくて、愛おしく感じていたが、本当は無理をさせていたのかもしれないと思うと、自分が腹立たしかった。
「っ…作ちゃん?」
小さく、鼻をすする音がした。
漸く、ほんの少しだが、なまえの奥の部分を垣間見た気がした。
「…だから、言ったろ」
「うん…。ちゃんと、分かってたんだけどな…」
再び浮かべた苦笑は、さっきより、幾分か弱々しかった。
なまえはこんな性格だから、溢れ出るまで溜め込んで、それでも押し殺して、どうしようもなくなってからじゃねぇと、吐き出さない。
背伸びした自分を保てなくなった時、こうして、俺の部屋へ訪れるのは、いつからだったか。
自分を見せようとしないなまえが、唯一、少しだけ弱さを見せるのは、俺の前だけだと思ってる。
ただの、自惚れかもしれねぇが。
「おめぇには、俺がいるから」
「…ありがと」
控えめに笑う、その表情の中に見えるあどけなさが、素に近いなまえだろう。
覚えてなどいないが、言葉を話すこともままならなかった頃から知ってる。
物事を難しく考えすぎるのも、なまえの悪い癖だった。
何とかしてやりたいと思うのに、どうすれば良いか分からずに、やりきれない思いだけを腹に溜めていくのが、俺だ。
…情けなくて、こんな自分は、好きじゃない。
「…作ちゃん」
「ん?」
「いつもありがと。作ちゃんがいてくれて良かった」
にっこりと笑って言うなまえに、目頭が熱くなった。
俺が気付くよりも早く、俺自身よりも深い所から、思いを汲み取ってしまう。
そうやって先回りして、欲しい言葉を添えて、微笑んでる。
一生かけたって、俺がなまえを包み込める日なんて来ないんじゃないかと、絶望にも似た気持ちになった。
ふと、どこを見るでもなく、視線の先を変えた彼女の目に宿っているのは、誰でもないあの男への想いなんだと、妙な確信を持って思ってしまった。
同時に、自分の、並々ならぬなまえへの想いにも。
目の前がちかちかして、今にもぶっ倒れてしまいたい気分になった俺には、自嘲じみた笑いしか、浮かんで来なかった。
飛び込んだのは深い深い君でした
***
H24.1.20
主役にはなれなかった、から繋がってます。
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