そのまま、世界に溶けて、消えてしまうのかもしれない。
彼には、しばしば、そう思わせるものがあった。
儚げだとか、繊細と言った言葉は、彼を形容するには似合わない。
少なくとも、彼を知る大多数の人間から見れば。
だけど、彼の、ぐっと奥の方には、そんな言葉の犇めきあった世界が広がっているんじゃないかと、私はずっと思ってる。
口にしたことはないけれど、妙な確信を持って、私は彼を見ている。
私と彼の間柄を表すなら、クラスメイト、と言うのが最も相応しいだろう。
単語として表せるようなものであれば。
抱いている感情を、一般的に解釈するならば、恋情という言葉に置き換えられるのかもしれない。
けれど、私にとって、しっくりと馴染む気配のないそれは、違和感と呼ばれるもやもやを運んでくるものでしかなかった。
上背があり、すらっとした出で立ちの彼の体には、筋肉がしっかりとついている。
にも関わらず、彼には、逞しいだとか、頼もしいという言葉が似合わなかった。
どこか不安定で、いつか、壊れてしまうのではないかと、密かに私は怯えている。
だからと言って、ちょっとやそっと突いたところで、問題は起こらないのだろう。
そんな外因ではなく、もっと内側の、それも、ずっとずっと奥の方で、静かに何かが崩れた時、音もなく、失っていくんじゃないかと思う。
…妄想も甚だしいと、自分でも思ってる。
それでも、私はこわかった。
だから、抱きしめる。
そっと、出来るだけ優しく。
クラスメイト、とは言ったが、その中でも、私たちは、比較的近い位置にお互いを置いていた。
何となく、そう、何となく、目が合った瞬間があった。
それからは、特に多くの言葉を交わすこともなく、隣同士で時を過ごすことが増えた。
その空間や時間が、酷くあたたかく、心地良いものだと感じていたのは、きっと、私だけじゃないと思う。
思い上がりだって良い。
ただ、傍に寄り添って、抱きしめていたかった。
私がこの行為を続けるのは、彼を失いたくないと言う想いや、自分のこの行動によって、彼の何かが安らぐことが、嬉しかったから。
自分が、他者に、マイナスではない、プラスに近いであろう影響を与えているという事実に、満たされていたから。
私の中にある、ハートと呼ばれる部分は、決して澄んでいないだろう。
これをきっとヒトは、自己満足と呼ぶ。
悪いだなんて思わない。
私というモノが存在していること自体を、自己満足と呼ぶのではないかと、思っているから。
…ただ、ただ願うだけでは、空気に溶けて消えることは出来ないみたいだから。
私だったら良かったのに。
時々、そんな仕様もないことを考えたりもした。
「なまえ」
柔らかい、どこかふわふわとした声が、私を呼ぶ。
この瞬間が、好きだった。
満たされた気分に浸ることが出来る。
そのまま、彼の正面へと移動し、そっと抱きしめる。
それが、いつもの私たちだった。
でも、今日は違った。
私が動くよりも前に、彼が、私へ近づいている。
目の前に彼を確認出来た時、彼は、抱きしめていた。
すぐ傍にいる、私を。
そっと、優しく。
「すっげぇ好き」
私の顔を覗きこむ彼は、へらっと笑って、そう言った。
まるで癖のように、幾度となく彼を抱きしめていた理由の、一等色濃いものを、教えられた気がした。
抱きしめてほしかった。
誰でもない、あなたに。
知ってたよ
***
H24.10.25
ALICE+