苦手だと思った。
その、射るような鋭い目付きも、乱暴な物言いも。
それは、出会った当初から感じていたもので、今更と言えば今更なのだが、半年程経った今でも、どうにも拭い切れないものらしい。
「おい、聞いてんのか?」
ジッと、冷たいような熱いような、複雑な視線を浴びせてくるのは、言ってみれば、想われている証なのだろう。
少し、思い込みが激しいだとか、悪い方向に物事を考えがちなだけなのだと、分かってはいる。
…もしかしたら、そんなつもりになっているだけなのかもしれないが。
「聞いてるよ」
「だったらこっち向けよ」
「向いてるじゃん」
「こっち見ろよ」
「見てるよ」
「俺を見ろよ」
それが、言いたかったんだろう。
自分だけを見ろと。
不安がりなこの人は、私をしっかりと掴んで閉じ込めておかないと気が済まないらしい。
別に逃げるつもりもないのだが、こうも縛りつけられると、感情を押し付けられているかのように感じてしまう。
それが、少し、恐かった。
「…見てるよ」
「本当か?」
「ホントだよ」
「でも、おめぇ、左門のこと可愛いって言ってたろ」
「言ったけど…」
「…本当は、左門の方が良いんじゃねぇのか」
「…作兵衛」
こんな会話も、何度目になるだろうか。
この間は三之助。
その前は藤内。
もうひとつ前は数馬だった。
ほぼ同じ遣り取りを何度も繰り返すのも、少し、疲れてしまった。
疑り深いのも、彼を構成する大きな要素のひとつだろう。
束縛したがるのは、彼にとって、私が信頼するに値しない存在だからなのではないだろうか。
だったら、やめれば良いのに。
うんざりし始めた私は、投げやりになっていたのかもしれない。
「そんな訳ないでしょ」
「無理してんのか?」
「してないよ」
「おめぇは優しいから、俺に気を遣って…」
「違うってば」
「じゃあ何で見ないんだよ」
「作兵衛が怒るからでしょ」
「怒ってんのはおめぇだろ」
「怒ってないよ」
「だったらこっち向けよ」
無意識だったと思う。
彼を避けるように、体をそらしていたのは。
そのちょっとした行為によって、彼のスイッチが入ってしまいかねないことも、分かっていた筈なのに。
「…何でだよ」
「…作兵衛」
「何で俺を見ねぇ」
「作兵衛、落ち着いて」
「何で俺じゃダメなんだよ!俺はこんなに…!!」
「…さく、」
「こんなに愛してんのに…!!なまえ、おめぇも俺を捨てんのか…!?」
「さく、」
「何でだよ!?好きだって言ったじゃねぇか!!嘘だったのかよ!?」
「…いて」
「許さねぇ…!ぜってぇ離さねぇからな!!」
「聞いて」
彼の、案外太くない手首を掴んで、静かに言葉をこぼす。
少し怯んだのか、しっかりとしたその肩が、小さく揺れた気がした。
ヒートアップした彼の思考は、好き勝手一人歩きする。
置いてけぼりを食らうのはいつものことだった。
いつもなら、優しく宥めながら、その成り行きを見守っていた。
だけど、それを繰り返して、何になると言うのだろう。
私たちは、どこに行き着けると言うのだろうか。
空虚な結末しか浮かんで来ないこの頭は、どこか冷たかった。
「…なまえ、」
「作兵衛、もう、良いでしょう」
「は…?何言って…」
「あなたが私を疑うのは、あなたが私を信じてないから」
「そんなこと、」
「ないって言える?信じてるなら、どうして怒るの?」
「怒ってなんか、」
「あなたにその気がなくても、私は怒ってるように感じた。…恐かった」
「なまえ、俺は、」
「愛してるって、言ってくれるのは嬉しい。でも、」
猫のようにつり上がった彼の目が、揺れる。
目の端に映ったそれは、深く、私の胸に刺さったようだった。
「信じてもないのに、愛してるなんて言わないで」
自分でも驚く程、すらすらと言葉を紡いでいた。
見開いた目から零れ落ちた雫を、そっと拭うのは、もう、私の役目ではない。
傍にいろとすがる、震える手を握り返すのも、私がすることではない。
彼が何よりも恐れていたことを、私は、今、やってのけるのだから。
「さようなら」
私が彼を捨てた日から、半年が過ぎ去った。
彼との付き合いがなくなれば、彼の友人との関わりも消える。
その後の彼を知る術など、私にはなかった。
その気も、なかった。
知ろうとすること自体が、いけないことのように思えた。
私は、彼を捨てたのだから。
中途半端な何かを、ちらつかせてはならないだろう。
「…なまえちゃん」
少し懐かしく感じるような声だった。
半年前には、定期的に耳に入ってきていたそれを吐き出した人物は、穏やかな笑みをたたえていた。
「…、数馬」
この人はいつもそうだったな。
ほんの半年前のことだと言うのに、遥か昔のことのように感じてしまう。
この、ざっくりと六つに分割された時を過ごす間、自分が何を思って生きてきたのか、うまく思い出せなかった。
「久しぶり。元気だった?」
「まぁ、それなりに」
私は、曖昧な言い方をあまり好まない。
当然、自ら用いることも少ない。
だけど、こればっかりは、明言することが出来なかった。
白黒はっきりさせたがるのは、彼も同じだったかもしれない。
「…作ちゃんね、一月くらい前かな。彼女が出来たんだ」
「…そう」
ゆったりと、あたたかい声色で紡がれるそれに、強い緊張が走る。
とても穏やかなそれに、頭が上がらないのは、変わらないな。
そうだ。
彼も、私と同じだった。
「いつもね、相手に求めすぎてしまうのが、作ちゃんの悪い癖だったと思う。僕たちも、分かってはいたけど、どうにも出来なくて…」
眉をハの字にして、ため息混じりに呟く。
それだけで、彼は想われているんだと感じる。
ただ、それだけで、泣きたくなった。
「でもね、作ちゃん、最近は少し、変わってきたんだ。何て言うのかな、丸くなったって言うか、」
軽く目を伏せて、その音だけを拾う。
とても、目が見れなくて。
止まない小さな震えは、気づかれていないだろうか。
「ちゃんと、相手を見るようになったって言うのかな。僕らに相談してくれることも増えたし…。だからね、」
今になって、漸く気づいたことがある。
もっと早く、出来るなら、半年前に気づいていれば、また何か、違ったかもしれない。
「ありがとう」
私は、私が思っているよりずっと、
彼を愛しているらしかった。
全身でバイバイ
***
H25.1.13
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