辺りには、鮮やかな薄紅色が広がっている。
さわさわと鳴く風が心地良い。

ここは、きっと好きだろう。
いつか、連れて来てやりたい。
幾度も思っているのに、未だ実現出来ていないのが口惜しい。

ごろんと、背を地に預ける。
もう暫くすれば、空は、茜に染まっていくだろう。
物悲しく感じるのは、季節のせいにして良いのだろうか。

会いたい。
触れたい。
聞きたい。

ふわふわと、細くやわらかい彼女の髪に、触れたい。
顔を埋めると、しあわせな気持ちでいっぱいになる。
咎められているのを無視しては、一発お見舞いされてしまうのだが、その時に見せる呆れ顔も悪くない。

名前を、僕の名を呼ぶ彼女の声が、一等好きだ。
愛おしさと、照れ臭さがない交ぜになって、むずむずする。
それがまた、嬉しいのだ。

あぁ、僕は、彼女のことが、好きで好きでたまらないんだな。

そう気づいては、むず痒さに包まれることを喜ぶのだ。



「っ…、いた…!」



聞き馴染んだ声に、ぴくりと耳が反応する。
心地良い。
それは確かだが、



「…なんだ、作兵衛か」

「なんだとは何だ!おめぇ立場分かってんのか…!」



下級生の頃は、顔を赤くして怒っていたものだが。
今となっては、顔に青筋を立てて、鬼のような形相で睨み付けて来る。
おぉ、こわい。
作兵衛を本気で怒らせると厄介だ。



「そう怒るな。作兵衛、帰ろう」

「誰のせいだよ…ったく、ほら」



当たり前になったそれは、あたたかくて、よく知った温度だ。
たったの三年前、同じように繋いだ手のひらは、もっとやわらかかった。
ところが、今、この手が拾う感触は、ゴツゴツとしている。



「なまえが待ってんぞ」



の一言で、駆け出してしまいそうになる衝動を、ぐっと堪える。
駄目だ、僕が急くと、余計に帰りが遅くなってしまう。
情けない話だが、経験上、そうなのだ。
一刻も早く、彼女に会いたいから。

大人しく従っていると、作兵衛は、ふっと笑って、歩調を速めた。



空が、染まってゆく。
あの花も、草も、木も、風でさえも。
何もかもが、己を持ちながら、染まってゆく。

さぞかし、美しかろう。
いつか、必ず見に行こう。
彼女を連れて。



「おら、見えて来たぞ」



茜色が遠ざかり始めた頃、僕らの帰路は最終章だ。

もう少し、もう、少し。

再び沸き上がる、駆け出したい衝動を、たっぷりと吸った空気と共に飲み込む。



「左門」



落ち着いた色を帯びた、あたたかい声だ。

待ち望んだ、愛おしさを産み出す声だ。



「なまえ!ただいま!」

「はい、おかえり」



駆け寄る僕を受け入れて、トントンと肩に触れる。

思わず手をとると、ぎゅっと握った。
やわらかい。
僕よりは小さく、細い。



「私の傍から離れないでって言ったのに。左門はいつもそうね」



なまえはいつも、拗ねたような口調で、微笑みながら言う。

怒ってはいないし、拗ねてもいない。
それは確かだけれど。

からかうような口調の奥には、言葉の意味をそのまま汲み取れるような、そんな色が潜んでいる気がして。
もしかしたら、僕の希望が強すぎるが故に、生じているだけなのかもしれないが。

そうだとしても、僕は、信じていたい。
僕がいなくて寂しかったと、なまえがそう感じていたんだと、思っていたい。



「お腹、空いたでしょう?」



握った手を、きちんと繋ぎ直して、彼女が手を引く。

嫌だなんて思わない。
なまえが僕の為にしたことを、僕が嫌がる筈がない。

だけど、本当は、細くやわらかい手を引くのは、僕が良い。
残された時間は、そう長くはないけれど。

この手で彼女を導いて、あの景色の美しさを、二人で分かち合う。
そんな未来を、近い内に成し遂げる。
必ず。

その時こそ、言える気がするんだ。









(傍にいてほしいんだ)



***
H27.10.12

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