「次屋さん、」

「………、」

「…、三之助、さん」

「ん、なに」



仕方なく言い直すと、彼は、嬉しそうに頬を緩ませた。

作兵衛さん、左門さんと呼ぶようになった時に、名前で呼べと喧しく言われていたのだが、どうにも照れ臭くて。

とは言え、遠くない未来に、入籍と式を控えている今、そろそろ腹を括らなくてはならないようだ。



「お願いがあるんですが、」

「……は?」

「あ、嫌なら良いです」



それなりに、意を決して切り出したのだが…、
相変わらず、こちらの勇気を打ち砕く返答だな、と、少しばかりへっこんだ心を客観的に見れるくらいには慣れたらしい。

大したことを言うつもりはないし、そろそろ、少しくらい、甘えてみても良いかな、と思ったのだが。

…まだ、早かったらしい。



「いやいやいや、そーじゃなくて!なまえがお願いとか…!初めてじゃね!?」

「はぁ…そうでしたっけ」

「そうだって!いや、マジびびった!」



…そんなに驚かれなくてはいけないことだろうか。

別に、普段から、感情を圧し殺していると言う訳でもないし、割と自由にしているつもりなんだけど。

うわー、うわー、と、何故か少々興奮気味の彼に、段々言う気が失せてきてしまった。



「で、なに?」

「や、もう良いです」

「なんで!?なまえのお願いきく!超きく!!」



心なしか、その瞳がキラキラと輝いているように見えて、笑ってしまいそうになるのをぐっと堪えた。

未だに、その言動には驚かされることが少なくないけど、前程は振り回されなくなった、と思う。

この、無邪気な、と言えば聞こえは良いが、子どもっぽいと言うか落ち着きのない反応は、誰にでも表れるものではないらしい。

作兵衛さん曰く、なまえ用の顔、だそうだ。

貼り付けているとか、そういったことでなく、たぶん、甘えてるんだろうなって思うから。

嬉しいと言えば、嬉しい、ですけど、ね。



「じゃあ、」



滅多にしない正座なんてして、私の正面にスタンバイするものだから。

可愛い人だと、思ってしまう。



「…おめでとうって、言ってくれませんか?」

「……は?」

「誕生日なんです」

「…なまえの?」

「はい」

「今日?」

「はい」

「…ッ、なん、はやっ、言っ、……!!」



何でもっと早く言わないのか、
何で自分は訊いておかなかったのか、
何で今言うのか、

といったところだろうか。

いつもはだるそうに伏しているその目がぱっちりと開くと、顔の印象が変わるんだな、なんて、考える余裕も出てきた。

慣れたとは言え、こちらばかり揺さぶられるのは、どうも腑に落ちない。

偶には、出し抜いてみたくもなるじゃないですか。



「三之助さん」

「ッ、……、おめでと」

「ありがとうございます」

「絶対、大事にするから」



真っ直ぐに私を射抜く目と台詞が、二月程前のあの日と、重なった。


愛されていると確かに感じる今を、出会った当初の私は、予見出来た筈もないけど。

何となく、手放しちゃいけない気がしたその勘は、正しかったってことにしておこう。

ぎゅっと圧迫される感じも、少し高い体温も、今となっては、愛しさを生むものでしかないから。



「…なまえ、俺、プレゼント用意してない」

「さっき貰いましたよ」

「ん?」

「おめでとって、言って貰いましたから」

「……分かった」

「はい」

「俺自身をプレゼント、」

「しなくて良いです」

「なんでッ!?」



人の話は聞かないし、やっぱりちょっと腹立つのも、変わらないんだろうな。

この先もきっと。





(それでも、)











***
H25.9.1

これにておしまいです。
お付き合い、ありがとうございました。

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