「ごめん、お待たせ」



今、自分は、どんな顔をしているんだろう。

強ばってやしないか。

不安でたまらない。

なまえの顔も、まだ、真っ直ぐには見れない。



「あっ、うん…」



思っていたより、声のトーンが明るい。

…引きずってるのは、俺だけかな。

だとしても。



「下に車、つけてるから」



久しぶりに、実家に行った。
父さんは何も言わなかったけど、見守るような含み笑いを、送られていたような気がする。

大した距離じゃないけど、自分の都合だし、この方法を採ったけど。

なまえは、どう感じただろう。

そもそも、あんな別れ方をしておいて、会いに来るなんて。

呆れてるかな。

もう顔も見たくない、とは、思ってないと良いけど。

嫌なら嫌となまえは言う。

これが、今までの認識だったけど。

自分の感覚は、一切信用出来なくなってしまった。



「乗って。そんなに遠くはないから」



そういえば、なまえを助手席に乗せたことはなかった。

まず、なまえと二人で遠出したことがない。

いつも近場で、それも、半数は仕事終わり。


急に、妙な緊張に襲われる。

やだな、今まで、"カノジョ"と呼んでいた子を何人も乗せて来たのに。

こんな自分に呆れる。



「…どこ、行くの?」



ぽつり。

なまえが呟く。

そうか、行き先すら告げてなかったんだ。

どれだけ余裕がないんだろう。

本当に、情けない。



「俺の、部屋」



急に、妙に恥ずかしくなってしまった。

助手席に乗せたこともなければ、部屋に上げたこともなかったっけ。

そっとなまえを盗み見れば…、何だか、嬉しそうに見える。

いや、思い違いかな。
きっと、俺の希望でしかない。

そんな筈、ないんだから。







「…着いたよ。すぐそこだから」



都合良く、自分の家の目の前にパーキングがあって、助かった。

今までなら、並んで歩くことも、その間ずっと黙っていたとしても、全く苦じゃなかったけど。

今は、…何だか居たたまれないから。 



「こっち」



カンカンと、よく鳴る階段を上がる。

普段は何も思わない、見慣れた古い建物が、何だか恥ずかしくなってくる。

イメージと違う。
女の子たちは、皆、口を揃えて言った。

小洒落た部屋に住んでいてほしかったみたい。

生憎、しがない一美容師に、そんな財力ないよ。


遅れて響く足音を、意識してしまう。

…なまえは、どうだろう。

分かってくれると、思ってしまいそうになる。



「ごめん、綺麗じゃないけど…上がって」



鍵を開けて入ると、住み慣れた筈の空間が、何だか違って見えた。

あぁ、本当に、嫌だ。

こんな自分、気持ち悪くて。



「…綺麗じゃん」



ぽそっと、なまえが呟く。

自分から見ても、この部屋は少し殺風景で、飾りっ気がない。

掃除はしてるから、汚くはないけど、表に出してる物が少ないだけで、一般的に言う綺麗ではない、と思う。

ふと、なまえの部屋を思い出した。

何度か、送り届ける為に入ったことがある。

不潔ではないけど、雑然とした印象があったから、なまえにとっては、合ってるのかもしれない。



「適当に座って。お茶で良い?」



頷くのを確認してから、キッチンと向き合う。

少し、少しだけ、落ち着いた。

今まで、見て見ぬふりをしてきたせいか、今になって気付くことが多い。

頭が、忙しい。





「お待たせ。熱いから、気をつけて」



小さく頷く仕草は、いつも通りだ。

心なしかそわそわしているように見えたけど、それも落ち着いてる。

湯飲みに手をつけないけど、猫舌だからすぐには飲めないだけ。

これは、たぶん、合ってると思う。



「…急に、ごめん」



どう切り出そうか、ずっと、考えてた。

今更、何を言えば良いのか。

何を、伝えたいのか。


なまえなら、頭ごなしに否定せず、聞いてくれる気がした。

…それこそ、希望でしかないのかもしれない。

だけど、信じていたかった。



「…私こそ、ごめん」



思いもかけないことが起こると、思考が停止してしまう。

だけど、どこかで、安心してる。

いつもの、自分の知ってるなまえ だって。

なまえは、少しズレてることが多かったから。



「…何でなまえが謝るの」

「、だって、」



俯いて、もごもごとする彼女を見るのは、久しぶりだ。

どんどん、落ち着いてくる。

感覚を、取り戻していく。

当然なのかもしれない。

彼女の傍は、とにかく居心地が良かったんだから。



「余計なこと、言った、から…」



頭を駆け巡っては、ギリギリと、締め付けるように、痛む。

彼女に、悪いことをしたと思わせている、その事実が。

決して消えはしない、何よりも大きい後悔。

自分の思い通りにしようとした、その末路だ。



「、…違うよ、」



この一ヶ月、ずっと、考えてた。

自分がどうしたいのか。

何を望んでいるのか。 


離れてみて初めて、その大切さに、存在の大きさに気付く、なんて、よく言うけど。

使い古されていることに納得せざるを得ないくらい、思い知った。



「謝るのは、俺の方」



あれこれと、余計な考えを巡らせ続けたから、こんなことになった。

何がしたいのか。

何が大切なのか。

もっと、

もっと、シンプルなこと。



「ごめん。なまえのこと、何にも考えてなかった」



変わることが、こわかった。

どうして、"今"が一番だと、思ってしまったんだろう。

変わったその先が、更に良いものになるように、努力すれば良いだけの話だったのに。



「でも、」



身勝手なのは、分かってる。

嫌になるくらい、分かってるけど。

それでも、譲れない。

譲りたくない。

出来るなら、





「傍に、いてほしい」





***
H28.12.4


ALICE+