例えるなら、風のような。

あるいは、太陽のようでもあったのかもしれない。

それを失った、今。

…別段、変化していないような気がする。

けれど、確実に変わったのだと、ふとした折りに、思い知らされる。

それは、当たり前のように空いた、月曜日の夜であったり、あまり鳴らなくなった、ケータイであったり。

形の残るものはあまりないのに、ぽっかりと空いてしまった時間が、何よりも色濃く、事実を物語っていた。



「なまえちゃーん」



コンコン、と、控えめに叩かれた扉の音に、振り返る。

いつものようにやって来た彼が、夕食を終えたのだろう。

ここ数年、我が家に来ることが減っていたせいか、彼が来ると、妹たちが喜ぶ。

彼女たちを育てたのは、父と、私と、彼―善法寺伊作―なのだから。



「はーい」

「っ…」



扉を開けると、それが彼の低くない鼻にクリーンヒットしたらしい。

不運なのは相変わらずで、私も伊作も、さして気にすることもなくなった。



「ごめんごめん」

「ううん、また避けれなかったよ…」



自然と浮かべる苦笑いも、随分と前に見慣れてしまった。

親同士の仲が良いご近所さん、なんて、幼馴染みにならざるを得ない関係だろう。
事実、私たちは、既に二十年は幼馴染みをしている。
歳も同じなのだから、共有している時間も、比較的長い。



「ご飯、ごちそうさま。おいしかったよ。あ、食器は洗ったから」

「ありがと。明日は?」

「バイトだから、適当に食べるよ」

「伊作の適当は、本当にテキトーだからなぁ…」

「ちゃんと食べるよ。…たぶん」



昔と変わらないのは、その人の良さとか、自分に対してはずぼらなところとか。

少し変わったことと言えば、私の部屋には入って来なくなったこと。

昔は、ノックなんてナシで駆け込んで来たくせに。

やっぱり、伊作は男で、私は女なんだなぁって、改めて気づく。

私に彼氏と呼ばれる相手が出来てから、ぱったりと家に来ることがなくなったし、歳を重ねる毎に、私に触れることも減った。

寂しくないと言えば嘘になるけど、そういうもんなんだろうなぁと、何となく納得してるから、特に何を思うでもないんだけど。



「作りにいこっか?明日、夜は休みだから」

「えっ、いいよいいよ!なまえちゃんの貴重な自由時間なんだから。なまえちゃんの為に使わなきゃ」

「だったら、夕方頃に行く。私の好きにする」

「あー…うん、分かった。ありがと」

「食べたいものある?どうせ食材なんて買い足してないんでしょ」

「あはは…。小芋の炊いたヤツが良いな」

「ん。買って行くわ」



伊作の生活は、はっきり言って、酷い。

何が酷いって、不摂生が過ぎる。

別に遊び回ってるって訳じゃないんだけど、一度始めると根を詰める癖があるものだから、部屋は散らかり放題、食事のことなんてすっかり頭から抜け落ちて、ひたすら資料とパソコン画面とにらめっこを続けてしまう。

家庭教師のバイトも、自分が試験前でもなければ、結構ぎっちり詰め込んでしまうし。

こんな幼馴染みを、心配するなと言う方が無理な話。

手がかかるのに放って置けないのは、昔から、全く変わってない。

…思えば私は、ずっと、手のかかる人に捕まってしまうと言う性質を持っていたのかもしれない。





「…伊作ー?」



約束通り、今日の夕飯と、作り置き用の買い物を済ませて、伊作の部屋へとやって来たのは良いけれど。



「…時間言っとくんだった」



"夕方"じゃ、分かんない、か。
どうやらまだ帰って来ていないらしい。

いつもなら、今くらいの時間には一度帰宅してる筈なんだけど…。

自分にも不備があったとは言え、困った。

結構買い込んで来てしまったし、どこかで時間を潰すにしても、これらを持って移動するのはなかなか辛い。

大人しく待つしかないか…。

重たい買い物袋をよいしょと置いた、そんな矢先、



「…あの、伊作の知り合いですか?」



振り返った、声の先に待つのが、自身を大きく揺るがすものだと知るのは、もう少し先の話らしい。











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H25.4.13
ビタースイートのその後。

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