簡単だと、思っていた訳じゃない。
覚悟はしていたし、別段、苦痛でもない。
ただし、必死だ。
簡単じゃない。
"守る"ってことは。
(伊作には、私がいるから)
「伊作ー?生きてるー?」
君の声がする。
現実のその声で、懐かしい記憶を揺蕩う夢から覚醒したみたいだ。
いつの間に眠り込んでいたんだろう。
「…いた。伊作ー?」
「……おは、よ」
「おそよう。もう昼だよ」
呆れたように笑った君は、近頃、綺麗になった。
女の子は恋をすると綺麗になるって言うのは、あながち間違いじゃないらしい。
それを感じるのは、今回で二度目だ。
「お風呂は?まだなんでしょ?シャワー浴びておいで。ご飯しとくから」
「ん……あり、がと」
彼女は何でもお見通しだ。
そりゃあ、物心つく前から、ずっと一緒だったんだから。
小さい頃からずっと続いてる不運な体質も、気が弱くてだらしない性格も、誰よりよく理解してくれてる。
本や紙類に埋もれながら床で寝こけているなんて、僕にとっては日常茶飯事。
君が、こうして世話を焼きに訪ねて来てくれることも。
ずっと、変わってない。
「お腹空いたー…」
「髪乾かしてからね」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、おいしそうなにおいに腹の虫が鳴き出した。
今日は豚汁かぁ。
なまえちゃんのご飯は、所謂家庭料理だ。
みょうじ家の母代わりは彼女だから、お袋の味ってことになるのかな。
それが、好きでたまらない。
そりゃあ、大好きな女の子が自分の為に作ってくれてるんだから、当たり前かもしれないけど。
何故か、自分の母親の味よりも、彼女のそれの方が、家庭の味って感じがする。
「ご飯、炊いてるからもうちょっと待って」
「うん、おかずだけ先にほしいな」
「はいはい。ご飯、残りは冷凍する?」
「冷蔵で良いよ。レポート、〆切前だし、しばらく籠るから」
「分かった。おかずは冷蔵庫に入れてるから、一緒に食べて」
「うん、ありがと」
本当に、面倒見が良くて、お母さんみたいだけど、僕は、彼女をそんな風に見たことは一度もない。
物心ついた頃から、ずっと僕を守ってくれていた、誰よりも大事な人だから。
想わずには、いられない。
「そういえば、留さんとは会ってるの?」
「うぇっ!?……うん、まぁ、ちょくちょく」
君の選んだ人が彼で良かったって、心から思ってるんだ。
…実は、ちょっと、そんな気がしてた。
その時は、悪い予感として。
君と留さんが出会ったら、何の違和感もなくぴったりと噛み合って、きっと、離れなくなるんじゃないかって。
君の隣に立つのは僕じゃないって、ずっとずっと前に、気づいてた。
僕じゃ、君を甘やかすことも、安心させてあげることも出来ない。
「なまえちゃんから見てさ、留さんって、どんな感じなの?」
「え…、んー…良い人、よね。お人好し。流石伊作の友達って感じ」
「それ、留さんも言ってた。"流石伊作の幼馴染みだな"って」
「考えてること、似てるみたいね」
「ねぇ、留さんとはどこまで…」
「ッ、ご飯炊けたっ!!」
ピーッと高い音が鳴ると、助かったとばかりに、急いで炊飯器に駆け寄る彼女の背中を、見つめる。
安堵と、期待と、寂寞と、
少しの、懺悔の念を込めて。
不言実行
***
H25.4.24
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