「何かあった?」

「…なんで?」

「だって、なまえちゃんが自分からオーダーしてくれるの、初めてだから」



ぱちぱちと、大きく丸い目を瞬かせながら言うタカ丸の言葉に、確かにそうか、と納得した。

心境の変化があったと言えば、そうだ。

今まで、どんなスタイルが良い、こんな色にしたい、だなんて、一度も口にしたことがない。
いつでもタカ丸に丸投げ。

信頼していると言えばそうだけど、よく分かんないし、めんどくさいってのが一番、だったな。



「まぁ…無くはない、かな」

「ふぅん?あ、こんな感じは?なまえちゃん、似合うと思うよ」

「あー…じゃ、それで」

「はぁい、かしこまりました」



肩より少し上辺りで揺れる、ふんわりとしたウェーブヘアの子は、"オンナノコ"って感じがして、可愛かった。

本当に私にも似合うのか、疑う気持ちがなかったとは言い切れないけど、タカ丸が言うなら、そうなんだろう。

開いたカタログを見る横顔が、いつもより"美容師"って感じがした。



「長さ、結構切っちゃうけど、良い?」

「良いよ。似合うんでしょ?」

「…うん。もっと、オンナノコって印象になると思う。絶対、似合うよ」



鏡越しに、目と目が合ったまま、静かに、はっきりと言い切った。

優柔不断の過ぎるタカ丸が、こんなにきっぱり断言するのを聞くは、久しぶりだな。

それこそ、あの時以来。


まだ、未練がないって言ったら、嘘になる。

会えば、やっぱり、こんなに気を張らずにいられる相手はそうそういないと、思い知る。



「ただ、朝はちょっと頑張ってね。簡単なセットの仕方、教えるから」

「分かった。あとは任せる」



そう言うと、タカ丸は、ふんわりと笑う。

嬉しそうに、そのくせ、どこか寂しそうに。

それを見る度、守ってあげたいって、思ってたっけ。

今思えば、"あげたい"なんて押し付けがましい気持ちがあったのが、うまくいかなかった原因のひとつだったのかもしれない。

あんなに真っ直ぐに、素直に好意を向けられたことがなかったから、単純に、嬉しくて。
何か、返したかったんだと思う。

最後まで、何考えてんのか分かんないままだったな。

何かひとつでも、私は、彼に、返せていたんだろうか。



「…なまえちゃん?」


「…え、あ、」

「大丈夫?さっきから、ぼーっとしてるね」



『返事もしてくれるし、動いてくれるのに、心がここにないみたい』

その台詞を口にした彼は、今日で一番、穏やかで、寂しそうだった。



「…タカ丸」

「なぁに?」

「彼氏、出来た」



別に、言わなくったって、良いんだろうけど。

タカ丸だって、きっと、彼女はいるだろうし。


"彼氏"って響きに、何となく、違和感を覚える。

今まで、そう呼べる存在は、タカ丸だけだったから。


嫌な訳じゃない。

私が私でいられるように、私が私のことを考えられるように、優しく包んでくれるような、そんな人。

待っていたのかもしれない。
望んでしまっていたんだとも。

随分と前に、諦めた欲求だったのに。


だから、寂しいと思うなんて、贅沢すぎる。

タカ丸にはタカ丸の、今があるから。

立ち止まってた私の時も、やっと、動き出したみたい。

ちゃんと前に進んでるからって、ずっと、言いたかったんだなぁ。
改めて、気がついた。



「…そう、なんだ。どんな人?」

「お人好し」

「なまえちゃんがそう言うなら、相当良い人だね」



あぁ、また言われた。

息を飲み込む音が聞こえて、少し、安心しただなんて知ったら、どう思うだろう。

アンタが、みんなが思う程、私、良い人じゃないよ。



「なまえちゃん」

「ん?」

「…何でもない。ごめん」



胸の奥の方が、また、ほっとしてる。

あぁ、可愛くないなぁ。



一度目を閉じた彼が、
次に瞼を上げた時には、
また、"美容師"の顔をしていた。



それが、

今日で一番、安心した。




 
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