肉が煮える良い香りがしてきた。
牛肉の良いダシが出ているであろうスープを覗き込んで、丁寧にアクをとる。

野菜をそれぞれ、切ってはフライパンへ放り込み、塩とバターで蒸し焼きにする。

蒸した野菜は、くつくつと揺らぐスープに加え、缶を開けたカットトマトを流し込めば、あとはしばらく煮込むだけだ。



「…まだ、時間あるな」



メインに肉を使ったから、シーフードサラダにしよう。
そう思い立てば、行動は遅くない。

それなりに、慣れてるからだ。

ストックの、冷凍されたエビやイカを取り出し、レンジで半解凍する。
その間に、葉野菜を洗ってちぎる。
プチトマトはヘタを取って、半分に切っておく。
メインと少し被るが、食感も味も違いがあるから、まぁ良いだろう。


彼女と呼ばれる相手に、料理を振る舞うのは久しぶりだ。

"私より、友達の方が大事なんでしょ?"

決まり文句のように、揃いも揃って、どの子もそれを言う。
どっちが上だとか下だとか、決められるものでもないと思っているから、苦笑しか返せないでいる俺を置いて、皆去っていく。
寂しくない訳ではないが、少しほっとした、と言うのが正直なところだ。

友達は少なくはないだろうし、会う頻度、関わる深さは、比較的高く、深い方なんだろう。
それが自分のスタイルなのだから、それで良いとは思うが、相手に押し付ける気はないし、理解出来ないのなら仕方ない、とも思う。

そんな態度が、"愛されてない""冷たい"と、彼女たちには映っていたんだろう。
思っていたような人じゃなかった、とでも言いたかったんだろうか。

"良い人"だとか、"優しい"だとか、どこからそう思われるのかは知らないが、周りは自分を過大評価している気がして、あまり居心地が良くない。

ならば、そのままの俺を見てくれる奴らとつるむ。
それだけだ。

その最たる相手が伊作であり、最も手のかかる奴もまた伊作であった為に、アイツといる時間が、特に長くなった。

おかげで、彼女とも知り合うことが出来たのだから、伊作には感謝してる。


仕事を終えたと連絡があったのは、確か30分程前だったから、もうそろそろ着くだろう。

エビとイカを蒸し器に入れてから、バゲットを切ってトーストしよう。
ボルシチもよく煮えてる。
あとは皿に盛って、生クリームをかけるだけだ。


ピンポンと、インターフォンが鳴るのと同時に、少しの緊張と、期待が押し寄せる。
付き合っているとはいえ、そう頻繁に会える訳ではないし、家に招くのはまだ二回目だ。

少しばかり揺れる胸を制して、玄関へと足を向けた。



「…よぉ、お疲れ」

「ごめんね、遅くなって」

「いや。腹減っただろ?」

「うん、良いにおいする」



疲れた様子など見せず、小さく笑う。

やっぱりその顔、好きだな。

伊作や友達なら、数えきれないくらい上げてるのに。
彼女と呼んでいた子たちだって、幾度となく上げてきたのに。

なまえが自分の家にいると思うと、何だか落ち着かない。

あぁ、なんか、女々しいな。

そんなこと気にする子じゃないって分かってるクセに、見栄を張りたがるなんて。



「…おまたせ」

「…これって、」

「ボルシチ、苦手だったか?」

「ううん!そうじゃなくて、…作ったの?」

「あぁ。伊作が気に入ってたんで、よく作ってたんだ」

「…留さん、何者?」

「俺は俺でしかねぇよ」

「…頂いて良い?」

「おぉ。口に合うか分かんねぇけど」



何でもない顔すんのも、楽じゃないんだな。
冷や汗出そうだ。

期待のこもった彼女の目が、少し、怖い。

彼女の中の俺は、どんな奴なんだろうか。



「…留さん、」

「ん?」

「おいしい…!何これおいしい!伊作ずるい!」

「はは、気に入ったんなら良かった」

「留さん、ご飯作るの、好き?」

「あー、まぁ、嫌いじゃないな」

「そっか。私もそうかな」

「なまえの飯、上手いし好きだけど」

「えっ、留さんのがおいしいと思う!…けど、ありがと」



あ、また笑った。

いつもの、小さな笑い方じゃなくて、へらっとした、ちょっと崩れた笑い方。

あー、可愛いな。

たぶん、これが、元々のなまえなんじゃないかと思う。

何かを背負いすぎてない、そのままの。



「留さんは、料理、練習した?」

「まぁ、一応、な。母さんが家にいないこと多かったし、自分で作るしかなかったっつーか」

「確か、お兄さん、いたっけ?」

「あぁ、ほとんど家にはいなかったけどな。忙しそうにしてたし」

「そっか。…寂しかった?」

「別にそうでもねぇよ。よく友達呼んで遊んでたし」

「…そっか」



兄貴とは、歳が離れてるのもあってか、生活する時間帯が合わなかった。

勉強もスポーツも、よく出来る人だった。

母さんが誰よりも頼りにしてたのは兄貴だったし、実際、ウチを支えてたのは兄貴だ。

俺を大学に入れてくれたのも、そうだ。
奨学金を貰ってたとは言え、それだけじゃ、とてもじゃないがやっていけなかった。
あれこれと援助してくれたのは、他でもない、兄貴だった。

感謝は、してる。

そして、何よりも大きな、コンプレックスなのも、確かだ。

大学院まで行ったのも、対抗意識から来たものだったのかもしれない。



「留さん」

「…ん?」

「おかわり、ほしい」

「おー。好きなだけ食えよ。足りなかったらまた作るし」



ぱっと顔を上げた彼女が吐き出した言葉に、安心した。

彼女は普段、滅多に甘えることがないらしい。

長く幼馴染みしてる伊作が言うんだから、確かだろう。

そう思うと、尚更、嬉しい。

動機は何にせよ、俺は、頼られることや甘えられることが、好きらしかった。



「ありがと」



締まりなく笑う、その顔が、ずっと傍にいてくれりゃ良いのに。


願っていたのは、いつからなんだろうか。











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H25.5.13

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