「…おい」
「なぁに?彦四郎くん」
「痛いんだが」
「そりゃあ切ってるんだもの」
「…いい加減、やめろよ」
鶴町はいつもそうだ。
僕が負う怪我なんて、大抵は大したことない。
ところが奴は、消毒と称して、僕の真新しい傷口をぐりぐりと広げてくるのだ。
一年や二年の頃なんかは、痛くて声を上げたもんだが、(それを見て嬉しそうに笑うコイツの顔が僕には恐ろしかった)六年にもなれば、そうそう泣くこともない。
それは、耐えられると言う意味で、痛くない訳では決してないのだが。
「彦四郎くんがなかなか来てくれなくて、寂しかったよ〜」
「出来れば僕は来たくなかったけどな…」
「ふふっ…僕は嬉しいんだけどなぁ。とっても」
そう言って薄く笑う鶴町が、やっぱり僕には恐ろしかった。
コイツの薄気味悪さは、齢を重ねると共に増している気がする。
元々、何を考えてるのか分かりにくい奴だったが、最近ではさっぱりだ。
…もっとも、深く関わろうだなんて、思ったこともないけど。
「そういえば、今日は黒木くんが来たよぉ」
「…庄左ヱ門が?」
「指を切ったんだって。珍しいよねぇ」
その名前を耳にするだけで、少し体温が上がった気がする。
その事実を振り払うように、言葉を続けた。
否、続けるつもりだった。
「ニ郭くんに怒られたって言ってたよ〜」
息が、止まるかと思った。
一瞬は、止まっていたんだろう。
また、アイツか。
その名前は、その存在のことは、考えたくなかったのに。
もう、いいだろう。
分かってるよ、仲良いんだろ。
知ってるから。
だから…、もう、いいじゃないか。
「最近よく怒られるらしいよぉ。あ、そうそう。こんなこと言ってたんだ」
「…鶴町」
「えっとねぇ」
「鶴町」
『僕にとって伊助は』」
「伏木蔵…!」
「『特別だよ』って」
大きな声で叫んでいたこと、鶴町のか細い手首を掴んでいたことは、無意識だったらしい。
一種の防衛本能だろうか。
はぁ、はぁと、肩で息をする僕を、鶴町は、いつもと変わらない薄い笑みを浮かべて見ていた。
「彦四郎くん」
「っ・・・」
病的なまでに白い手が、手首を引っ掴んでいる僕の手を撫でる。
ぞくっと、電流が走るような心地がした。
「また、来てねぇ」
何を考えているのか分からない目をして笑う目の前のコイツより、今どこで何をしているのか分からない男のことで頭がいっぱいな僕は、正常な判断が出来なかったんだろう。
こくんと、首を縦に落としてしまっていた。
「待ってるね」
少し目を細めた鶴町の声色に、どこか違和感があった気がしたのは一瞬で、とぼとぼと自室への道を歩きながら、頭の中を空にする作業に没頭していた。
もう十分だと知った
***
H24.8.13
伏→彦→庄編。
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