ガツッと、音がしただろうか。

鉄っぽい味が口の中に広がる。

あぁ、またか。

乱太郎の困り顔を、また見なくちゃいけないな。

慣れてしまったようで、カッとなることも、狼狽えることもなくなった。

物理的な衝撃そのものは、何度食らっても痛いと感じるけれど。



「…気が済んだ?」



こちらが言葉を紡ぐと、相手はまたカッとなる。

すると、次は足が飛び出した。

急所を狙って来るものだから、困る。

綺麗に決められてはたまったもんじゃない。

勿論かわす訳だけど、それはそれで機嫌を損ねてしまう。

面倒くさい。

僕にどうしろって言うんだ。



「…うるさい」



幸いと言うべきか、情けないけれど、僕らの体つきは、団蔵や虎若のように大きくも逞しくもない。

だから、一撃の威力ってのはそこまで強くないんだけど…、甘んじて受けるにしては、痛すぎる。

何かしら腹に溜め込んでるのは分かってるから、早く吐き出させてしまおうと、わざわざ神経を逆撫でするような言い方をしてみたものの…、なかなかうまくいかない。

強情なのは、齢を重ねる度に増していってる気がするな。



「三治郎」



なるべくやわらかく、優しく音を空気に乗せる。

やっぱり駄目だ。

三治郎にはこうでないと。

何を考えてるかなんて分からないけど、アイツが求めてるもののひとつはこれだって、確信を持って言える。

甘やかされたいんだよ、僕に。

…それが何を意味するのかは知らないけど。



「っ…」



ぐっと息が詰まった。

苦しい。

口を塞がれてるんだから、そりゃそうだ。

今日はまた随分と急だな。

こんな時でも冷静でいられるのは、慣れてしまったから。

いつ何があっても、なんて、庄ちゃんみたいにはいかない。


三治郎は、縋るように感情を押しつけてくるから、拒絶しきれなくて、困る。


『本当にそれだけ?』


なんて、庄ちゃんが言うものだから。

なんか、調子、おかしいんだよね、最近。

それがどうしてなのかは、自分でもよく分かってない。

難しく、論理的に考えるなんて、得意じゃないし。

それこそ、庄ちゃんに任せっきりだったから。

…いつかは、向き合わなきゃいけないんだろうな、なんて、ぼんやり考えていると、強い視線を感じた。



「…三治郎?」


「…嫌い」



あぁ、また始まった。

顔を合わせれば、必ずと言って良い程飛び出す決まり文句。

殴って蹴って、人の唇奪っといて、最後にはそれか。

なるべく優しく接するように努めてはいるけど、いっつもそんな調子だから、偶には言い返してやろうと思った。

何を言われても傷付かないとでも思っているのか。

いつまでも甘い顔してると思ったら、大間違いなんだからな。



「…嫌いなら、やめれば?」



わざわざ、僕に関わらなければ良い。

それだけのことだろ。


そう続けると、一瞬目を見開いた三治郎は、素早くその場から走り去ってしまった。

最後に見えた横顔が、今にも泣き出しそうに見えて、胸がつっかえてくる。


こんな後味の悪さには、慣れないな。


口の中には、よく知った血の味がにじんでいた。





そう簡単には、ない





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H24.8.15

三→いす編。

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