(幸せを願った男)

「私は大丈夫だ、坂元」

そう言って笑った男は自分の知っている幼馴染ではない。
その面影はそう、まるで―――…

「道敬さん?」
「そう、そうなんだよ」
「あーでも景敬く…伊能さん、あの日から随分おとなしくなったよね」
「そうだなぁ。何か我慢しているというか…」
「口の悪い伊能さんはしばらく見てないな」

佐原の民たちの飲みに混ぜてもらっていた坂元はうんうんと頷く。

「無理に気を張ってる気がして…そろそろ緩めてもいいのにねぇ」
「輸入輸出の物流も再開したしな!」
「伊能さんが3日くらいいなかったのには心配したけど…」

「ま、あいつ根はまじめだからな…責任感強いし」

背負いすぎてなけりゃいいが、と坂元がいうと、民たちも同調するように頷く。

(あの襲撃から2年半、か…
2年半であの惨状をここまで復活させるとは、さすが景敬)

でも、と民に再び注がれた杯をあけながら、坂元は思い出す。


俺に夜明けは、二度と来ない

(景敬が泣いたのは、その時だけだ…。
それから鬼のように動いてたな、あいつ。
3日ぐらいいなかったのも…)



『お前さん、今までどこ行ってたんだ…!!その恰好どうしたんだ!?』
『野暮用だ。悪かった。空けてて』
『ぼろぼろじゃないか…怪我も…』
『私の血じゃない。気にするな』



(これ以上聞いてくるな、って感じだったから聞けなかったけど…
あれはたぶん、佐原を襲ったやつを…)

そこまで考えて、坂元は首を振った。

(考えるの、やめとこう。
…どこか不安定なのはわかっていたが…)

ぐしゃりと前髪をかきあげ、坂元は顔を歪ませる。

(支えるつもりだった。支え切ってるつもりだった。
だがそれは慢心だったんだ。
その証拠に、あの日、領主就任の日、景敬は自分を殺した)

今の振る舞いは完全に、景敬の父、道敬のものだと坂元は考えていた。

(長く共にいた俺にでさえ、あいつは泣き言を一つも言わない。
…あいつは今、ひとりだ)

人に厳しく自分に厳しい幼馴染。
息の抜き方を忘れてしまったのかもしれない。

(…どうか)

坂元はゆっくりと目を閉じ、今もなお、孤独の闇から抜け出せないでいる男を思い浮かべる。

(どうかあいつが安らげる場所ができることを)

自分では力不足だ、と自嘲気味に笑い、坂元は酒をあおった。








「なーんて思ってたこともあったなぁ」
「あなたバカなのに、よくそんな事考えていたな」
「ガリレオひどくね!??」

久々に顔を出した伊能家の縁側に座っていた坂元は、横にいたガリレオに抗議する。

「ガリレオおにいさま、ちょっと」
「にいちゃん来て!!」
「なに、忍に皐月」

ガリレオは坂元の抗議をスルーし、顔のよく似た子供たちに呼ばれ庭の方へと行く。

あの子供たちにはガリレオ甘いよなぁ、と坂元は少し不服そうにぼやいた。

「私、伊能さんが何に苦しんでるのか知ってました」

坂元の隣に座っていた聖は、少しバツが悪そうに口を開いた。

「ずっと聞こえてたんです。伊能さんのココロの声。
聞こえてても、私は何もできませんでした。
…私が気づいてたの、伊能さんも気づいてて、触れてくれるなって…」

そう言い、聖は少しうつむいた。

「そうか…。聞こえてた聖ちゃんもつらかったのに、景敬のそばにいてくれてありがとう」
「でも私は」
「あいつのそばにいてくれただけで、あいつは十分救われてるよ。
だから、ありがとう」

何もできなかったのは俺だ。と少し笑い、坂元はわざと明るくふるまった。

「坂元さん…」
「何の話をしているんだ」

その時、背後から話の中心である男が現れる。

「うわ、びっくりしたー!驚かせんなよ景敬!!」
「は?お前が勝手に驚いただけだろう。殴るぞ」
「ちょっと抗議しただけでこの仕打ち!!」

お茶のおかれたお盆を置きながら、ゴスッと坂元の脇にこぶしをいれる伊能に、いてーよ!!と坂元は叫ぶ。

「で、何の話だ?」
「あ、あーーー…」

話を逸らせたと思ったのに、と坂元が思っていると、ぐいっと腕を掴まれ引き寄せられる。

「坂元さんと私とのナイショ話ですよ!!教えられませんよ〜」

腕を組んできたのは聖で、うふふ、と聖は笑う。

「なんだそれ…。まあいいが」

よくわからん奴らだな、と言いつつ「景敬さーーん」と呼ばれたため、伊能はそちらの方へ向かう。

「これでよかったですかね」
「あ、あぁ。ありがとう。聖ちゃん」
「いいえ、このくらい」

坂元は微笑みながら頭をなでお礼を言う。

「…でも」

坂元は後ろを振り返り、
シャーロットとしゃべっている伊能を見る。

「ほんとによかったなぁ…って思うよ。
あいつにも、安らぎの場ができたんだから」

伊能とシャーロットが笑いあっているのを見て、坂元も聖も思わず笑う。

「そうですね。伊能さんが幸せそうで、私うれしいです」
「俺もだよ」


(独りだったあいつは、もう独りじゃないじゃない。
最近はだいぶ前の景敬が出てきてるし…心配することはもうあまりなさそうだ)

「坂元、聖、シャーロットがケーキ焼けただと。
ガリレオ達呼んでこっちこい」

「ケーキ!!」
「了解了解ーー!!ガリレオー!忍に皐月ーー!!ケーキだって!!」


(願わくば)


「ケーキィ!??食べる!!」
「先に手を洗うわよ、皐月」
「着替えもしないとね」


(この幸せが続きますように)




幸せを願った男
(…心配かけてて悪かったな、龍馬)
(…!聞こえて…。いいよ。お前さんが幸せそうでよかった!)

(伊能さーーん!!坂元さーーん!はやくしてください!)

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