(Bonjour,Espoir)
ボンッと爆発音が響く。静かな植物園エリアで水を撒いていた臥牛木はその大きな肩を揺らした。なんだなんだという声で、他のTCメンバーが爆発音の方へ集まっていることがわかる。
一度どうするか、オロリと迷った後、臥牛木は手に持っていたじょうろを地面へと置いた。
なんだなんだ、と言いながらも、基本原因は一つだ。それをみんな分かっているから、
そこまで大ごとにはなっていない。
「やあやあ悪い悪い」
集まったメンバーたちにもみくちゃにされているのは、いつもの人物だ。
爆発によって若干煤けたのだろう。適当にまとめられたブロンドの髪は、ここにいる大半と、人種が違う血が流れていることがわかる。
「いやぁ、なに。あともう少しだったんだと思うんだけどなぁ〜〜〜〜」
顔に似合わず、少々やんちゃなのはここに自分が身を寄せた当時のままだ。
「おや、そこ行く君は丑三じゃあないか」
にこりと細められた、サファイアの瞳と髪の奥の目が合った。
ロアン ・ベルナールそれが彼女の名前だ。
なんやかんやと彼女に話しかけていた周りの人間は、は〜やれやれと片づけを始めたり、持ち場に戻ったりと散っていった。
一番片付けるべき彼女はというと、にこにこと臥牛木のもとへとやってくる。
「ロアン 。また、爆発させたのか」
「またとは心外だなぁ。実に二日ぶりの爆発だとも」
「それをまた、というんじゃないか…?」
「まあまあ細かいところは気にするな!!!!」
彼女は根っからの理系だというのに、理系らしからぬ発言をよくする。つまりはまあ、大雑把なのだ。
「私より、だ。君の調子はどうかな?植物は元気かい?君はご飯をきちんと食べている?睡眠はとれているかな?ご飯は食べないといけないよ」
くるくると臥牛木の周りをまわり、彼の状態を確かめるかのように、彼女はじろじろと観察する。
食事の念押しを2度するのも、前々から変わらず、だ。
「植物、は元気だ。…昨日、花が咲いた」
「ほう!それは良いことだ。植物にはセラピー効果があるからな。うんうん。他のメンバーも安らぐことだろう」
「睡眠は……多少。食事、……少し、は」
「そうかそうか。睡眠は多少寝れるようになったのならヨシ!!!しかし問題は食事だ!
いい睡眠はいい食事から!」
「布団じゃないのか…」
「食事からだ!」
「そうだったのか…(衝撃)」
至極真面目そうな彼女に、臥牛木は昔、どこかの宣伝で見かけた文言を覚え間違えていたのか…と思うが、
いい睡眠はいい布団からだ。覚え間違えではない。
「駄目だよ丑三。きちんと食べなくては。育てる者がしなびれていては、植物も育つものも育たまい」
「……だが……」
「黙り込むのも君の悪い癖だな。ちょうど小休憩を入れようと思っていたところだ。君もきたまえ」
彼女は臥牛木の返事も待たず、彼の手を取ると引っ張った。
これもであったばかりと同じ。こうやって、施設の中を案内してくれた。
休憩所につくと、座っていなよ、といい彼女は給湯室の方へと引っ込んでいった。
休憩所は、先ほどの彼女が起こした爆発のせいか、ほぼ人はいない。
ぼんやりと置かれていた観葉植物を見つめていると、しばらくしてふわりと良いにおいが鼻をくすぐった。
カモミールの匂いだ、と植物に詳しい臥牛木は気づく。
それから、レモンと…?と思っていたところで、彼女がお盆をもって帰ってきた。
「フッフッフ。この私の頭脳による完璧な計算によって作り出された完璧なチーズケーキを味わうがいい…」
口ぶりはどこぞの悪の組織のようだが、出されたものはかわいらしい。
どうやら、カモミールティーとチーズケーキを持ってきたらしかった。
「おれは、いい」
「なに?ならばこれはゴミ箱に行くしかないな…君のために作ったんだ。君が食べないのなら、不要物でしかない…」
「!?おまえが食べればいい」
「私はもう一切れある。この一切れでおなかいっぱいだ。あ〜あ。今すぐ食べられなきゃな〜これも廃棄だな〜悲しいな〜」
一口分をフォークに突き刺した彼女は、臥牛木の口の端にぐいぐいとチーズケーキを押し付ける。
結局根負けした臥牛木は、そのチーズケーキを口に含んだ。
「!」
ポンッと花が咲いた気がした。
「うまいだろう?」
「…あぁ」
まだ食べさせようとしてくれる彼女を制し、自分で食べるとフォークを受け取った。
レモンの酸味が程よく、すっとケーキは口で溶け、食べやすかった。
「……そっちは、順調なのか」
もそもそとチーズケーキを食べていた臥牛木は、逆に彼女に尋ねた。
彼女は今大きな研究を抱えている。
それは、この、絶望に浸食された世界を希望に満ちた世界にするための大切な、大切な。
「ん、まあ、山あり谷ありだね。でも弱音を吐いている場合でもないだろう。
大丈夫。きっと創り出して見せるさ。私を誰だと思っているんだい?後輩君」
彼女は、いつも陽気で、明るく、笑顔で、自信いっぱいで。
だから、
「やったぞ丑三!やっと完成だ!私たちの発明で!世界はきっと!希望に満ちている!」
だから、彼女は、希望だった。
「ロアン ?おい、おきろ」
だから、
「悪い冗談は、よせ。ロアン 」
だから、彼女が二度と笑う日がこんなに早く来るなんて、思いもしなかった。
TCの施設が絶望に襲われた。どこから完成をしったのか、きっと狙いはあの時計だったはずだ。
絶望に対抗して生き残ったのは、臥牛木含め、ほんの一握り。それもほとんどが重傷で、動けなくなった。
頭が痛い、目の前が暗くなる。そんな、絶望にさいなまれながら、TC施設の瓦礫をあさっていた臥牛木は、ふと、死んでしまった彼女の言葉を思い出した。
『植物エリアは大切に。君が来てくれたから、なお快適になったなぁ。
…何かあれば、ここに来るといい。君の助けになるよ』
最初は、植物が好きだからそういっているのかと思ったが、彼女はよくそんなことを言っていた。
ふらりと、自分がよく訪れていた植物エリアに足を向かわせた。
なにか、なにかが、呼んでいる気がした。
彼女たちが作った時計は、行方不明だ。絶望に取られたか、壊されたか。
苦労して作り上げられた、希望への道しるべを失って、これからどうすればいいか…途方に暮れていた。
植物エリアの荒らされた植物の痛ましい姿に顔をしかめながら、臥牛木は丹念に調べていく。
木で鬱蒼としていた部分の、倒れて折り重なった下にある地面に違和感を覚えた。
草はしっかり生えている。だが、とざっざと土を少し掘ると、鉄に当たった。
「…?」
不思議に思い掘ると、出てきたのはまるで地下に続いていそうな鉄扉だ。
開けると、かろうじてどうにか通れそうな幅で、臥牛木は慎重に鉄梯子を下りる。
降り立つとともに、ぱっと光った明かりに思わず目を閉じた。
そうして、ゆっくり開いた先に……
静かに眠っているかのような、彼女を見つけた。
いや、服装が違う。これを、臥牛木は知っている。
いつか見せてもらった、研究の一端。
彼女の姿を模した、ロボットAI―…
『…ヒトの体温検出、起動。…目標確認。問題なし。
…おはようございます、丑三』
名は、そうだ。
「エスポ、ワール…」
『声帯認証。一致。ハイ。…我が主』
遺された”彼女”が、おれの希望となった。
Bonjour,Espoir
(それ、は)
(創造主より預かっておりました、例の時計です。絶望から、守るように…と)
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