(祈り、願い)
春夏冬紅という男と過ごすことが多くなって、彼という人間を認識し間違えていたと、最近よく思うようになった。彼の人物像は、大体の人が「静か」「無口」「無感情」などと、口をそろえて言うだろう。
出会った当初の私も、滅多に喋らず、静かで、何を考えているかわからず、怖いと思った。
だが、この人物像は大体が事実と異なるというのが、現実だ。
そういう風に見えざるを得ないのは、彼が相当自己を深層へと沈めているほかならない。
彼は、静かな水面を装うことに長けている。
しかし、一度でも水面が揺れたり、その水を溜める池が氾濫してしまうと、その装いは瞬く間に剥がれ落ちる。
彼は、とても感情豊かな人だ。
”そういう関係”になりかけていた時、父からの要請で社交場へと出ていた。
陰鬱な気分で参加したものの、父の要請を突っぱねることもできず、へらへらと笑いそこに私はいた。
彼も参加しなければならなかったのだろう。他参加者になにも興味を示さない彼を人込みで見つけ、目が合ったけれども、彼はそのままそっぽを向いた。
たとえ知り合いを見かけても、自分から話しかけてこないあたり、彼らしいとも思った。
そんな中、一曲ダンスを、と声を掛けられる。
〜中略〜
大層苛立っているような、…傷ついたような。そんな顔をしていたのを、今でも覚えている。
当時はあまりの驚きに固まり、踵を返して立ち去る彼をそのまま見送り、また別の男性の誘いを断れず、わたわたしていたものだ。
どうにか他の人間を巻き、自宅へ帰ったであろう彼を追うと、彼は自分の部屋で月を眺めていた。
「…、あの、紅さん」
「………なんですか」
恨みがましいような、刺々しい声だった。
〜中略〜
怒りも、悲しみも、苦しみも。
何もかも飲み続けて、飲み続けて。平静を装う。それが彼なりの自己防衛だったのかもしれない。
実は気性が荒いのも、口が悪いのも、全部。行き場のなかった感情を抑え続けた結果なのかもしれない。
感情の溢れた彼の言葉は、彼の懇願だ。
助けて、苦しい。
それを言う相手がいなかったがために、すべてが怒りにのまれた。無理やり大人びなければならなかった、子どもの姿だ。
だから、抱きしめて言いたい。
もう大丈夫だよ。一人じゃないよと。
頑張ったね。つらかったね。寂しかったね。
水が足りないのなら、私が水やりに来るから。
何になれるかもわからないけれど、一滴でも、貴方の恵みの雨となればいい。
だから、
「もう自分が、枯れた花だなんて…言わないでください」
どうか、心の底から貴方が。
静かで、穏やかな日々を過ごせるときが来ることを。
祈り、願い
(坊やは良い子だ、ねんねしな…)
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