(もう一度君と)


思い出したのは、祖母が死んで。
近い身内が誰もいなくなった時だった。

祖父は早くに病で亡くなっていたし、
両親は幼い頃に、オレを置いて姿をくらましていた。

祖母を見送る日の空模様は曇天で、オレの気持ちを表しているようだった。
オレは、また。近くの誰かを不幸にするのか。と、誰かが囁いているようにも思えた。

ただでさえ、祖母が死んで参っているというのに、この記憶の濁流は尚更、オレを疲弊させる。

『誰があの子を引き取るんだ』
『親はなにをしている』
『蒸発したきりだよ』

聞き慣れていたはずのドイツ語も、異国語のように聞こえて、どこにも。どこにも、自分の居場所はないのだと、錯覚した。

ここは、どこだ。オレは…誰だったか。

子どもならばわかっていないと思っているのか。大人達の囁き合いを聞きたくなくて、オレは外へとふらふらと出た。

ぽつりと、外に出たと同時に雫が頬へと滴る。
ついには、雨が降り出したらしい。
それでも中へは入る気になれず、そのまま雨へうたれた。

頭が冷えれば、実はこれが夢で、目覚めれば前世とか、そんなの。ただの夢で。

『…ばあちゃん…』

自身の頬を伝うのは、雨か。それとも。

これからオレは、どこへ行き。どう生きていくしかないのか。
稼ぐこともできなければ、暮らすこともできない子どものオレはただただ、出荷されるが如く、荷車に揺られて大人達に流されるしかない。

『いっそ、また死のうか』

なんて。前の自分が選んだ結末を思い出して呟いたところで、急に腕を引かれた。

『っ!?』
『ダめだ!』

拙いドイツ語で、制止をかけられる。

目の前には見知らぬ男性と男の子が立っていた。腕を引いたのは、男の子の方だ。
濃紺の髪を見る限り、きっと彼は、この国の人間ではないのだろう。

「ダメだ、青梅雨…!!」

次に聞こえたのは、日本語だった。

青梅雨、だなんて。聞いたこともなければ、そもそもオレは、日本語なんて生まれてこのかた習ったことはない。

それでも、この男の子が発したものがなんなのか、わかってしまう自分がいるのは。
理由はもう、一つしかないだろう。

「…き、よ…つぐ…?」

慣れない発音で、言の葉を紡ぐ。その、名を。

途端、目の前の男の子はパァッと目を輝かせて、腕を上下に振ってきた。
痛いからどうかやめてほしい。

若干遠い目をしていると、そばにいた男の人が傘をさしてくれた。

『こんにちは、◇◇くん』

その人はドイツ語でオレの名前を言った。今度こそ、オレの名だ。

『先生…君のお祖母様には生前お世話になっていてね。
自分に何かあったら、君のことをよろしく頼むと言われていたんだ』

『…ばあちゃんが…?』

『どうだろう。◇◇くん。僕達と、日本で過ごしてみないかな?
息子も君のことを気に入ったようだし…あぁ、歳も近いんだよ。
運命だ!とか言って走り出したときはびっくりしたけど……』

女の子と間違えてないよね…?と男性は男の子に日本語で語りかけると、男の子は間違えてなんかない!と少し片頬を膨らませた。

『さ、がしテ、タンダ。ズット、ズット…!
また、トモダチ、なってくれる?』

カタコトのドイツ語のまま、男の子は、オレの手をぎゅっと握った。

あぁ、縁が。

あれほど悲しかった縁が。

自分がぶち壊しそうだった縁が。

また。

『おまえ、やっぱりいい奴だなぁ…』

ぽろりと涙を流して笑ったのを、ワタワタとみた彼の姿を、今も覚えている。


自分の行き先が、祖母がよく訪れていた日本へと決まった特には、空は青く晴れ、水溜りが光を照らしていた。




もう一度君と
(danke。アリガトゴザイマス。お世話に、なるます)
(◇◇!お前の部屋ここ!)

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