(空いた穴を埋め始める)

「心からの喜び?」
「ハナダは?」
「………」
「いや会話に珍しく加わっておいてすぐ閉口するなよ」

気まぐれだった。
長い髪をした男2人が、自分の席のそばで話していた。
縹、なんかはなそーぜ。と言われて、無視を決め込んで本のページを、声をかけられた男…小鳥遊縹はめくっていた。が。

暗色の髪色の方…十番麻布がなあなあとしつこく、その元々の話し相手であった赤髪の、レオンハルト・ペンテもたまには、とちょっかいをかけてきた。

ので、面倒になって、たまに人に投げかける質問を投げたのだ。

心からの喜びは、あるかと。

そうすると質問に質問で返された。
ただそれだけだ。

珍しく会話に加わったのではない。加わざるを得なかったのだ。

「……質問を質問で返すからでは」
「すごく冷めた目を向けられている…」
「かつて縹が一度でも目を輝かせたことがあっただろうか」
「いや、ない」
「………」

ドッと2人で笑う彼らを特にこれといった感情の乗らない目で、縹は見つめた。
はあ、と息を吐き本に視線を戻しかけたところで、あー待て待て答えるって、と黒手袋の手が2つ、それを遮る。

「うーん心からの喜び…一番の喜び?今生きていることかな。生きてれば何だってできる!レオは?」
「俺?一番…決めがたいな…人の笑顔を見ることかな…」

グッと手を握り、何だってできる!のところで拳を突き上げた麻布は、その流れのままレオンハルトへと視線を投げる。
レオンハルトは、悩ましそうな顔をしながらも、最後には微笑んでそう言って見せた。
そんな2人を、縹はその垂れた目を眇めて見ていた。

「で、何でまたそういう質問」
「…特に意味はないですが」

首を傾げた麻布に、縹はゆっくり瞬きをした後、静かに答える。

「ハナダが意味のない質問?」
「あの合理的主義者が?ナイナイ」

議論の価値のない話を始めると、すぐ話終わらせにかかってくるからな。なあ?などと、笑い合う2人を見ながら、仲がいいな、と縹はぼんやり思った。

「……たった一度でも心からの喜びがあれば、人生は何度でも繰り返すに値する」
「「え?」」

突如言い放たれたそれに、2人は首を傾げた。

「……ニーチェの、ツァラトゥストラの言葉です。
…少し興味があったので、それに沿って聞いただけです」
「なるほどな。また小説の題材集め?」
「…まあ、」
「俺たちの考えが縹の手によって小説デビュー?なんか恥ずかしいな…」

小説の題材集め。確かに使えそうな話であるが、縹にとって、この質問をした真意はそうではない。
それでも、彼がその真意を語ることはないが。

「で、ハナダは?」
「……特には」
「…そうか。ならこれからだな。これから楽しいと思うことや喜べることを見つければいい。な、ヨシノ」
「だな!」

自分に笑いかけてくる2人の言葉に、縹は返事を返さない。

見つけられるはずがない。そう冷静に、縹は思った。
この身の心は、目の間にいる彼らとは違う。

彼らは日々を尊び、喜び、悲しみ、怒り、色鮮やかに生きてきたことだろう。
だからこそ、心からの喜びというギフトを、意味のある人生を、得られたのだ。

小鳥遊縹に、持ち合わせた感情の色はない。
ただあるのは無だけだ。
彼の心を覗いても、大きな穴がポカリと空いているだけなのだ。

だから、知りたい。
どうしてそう思ったのか。どうしてそれを喜びと感じ取れたのか。
この穴を、この男は。





パチリと、目を覚ます。
くあ、と一つ小さく欠伸をして、縹は自身の目をこする。

何か、夢を見ていたような気がするが、はて。何だったか。
ぼんやりとした思考でそう思った後、その疑問はすぐに雲散した。
興味が、ないからだ。夢の内容を深く追求する価値もない。

あのコロシアイ生活が終わり、他のクラスメイトたちが希望を持ち外に出た中、この男は1人絶望を選択した。
絶望したからではない。
ただ単に絶望が希望と比べて”静かそう“であったからだ。

絶望により起こされた世界の混乱を知る人たちが、それを知ったのならば何をもってしてそう判断した、と言いそうなものである。

それでも縹は希望は嫌だった。
統治者なんぞに、祭り上げられたくなかったのだ。

なんてことはない。絶望を選択して外に出ても、何かが変わることはなく、結局同じ毎日が続いている。
他の希望を選んだ者達は知ったことではないが。

ただ一つ、変わったとするならば。

ピリリとなり始めた電子音。
音の方向へ歩を向け、四角いそれを拾い上げる。

「はい。……はい。起きていますが。…えぇ、はい。…わかりました。では」

通話を終え、スマホを机に戻した縹はパタパタと身支度を始める。
顔を洗い、服を着替え、簡単に朝食をとると、机の上の原稿用紙を集めて封筒へ詰めた。
スマホと、自身の手帳を忘れずに封筒とともに持つと、靴を履いて外へと向かった。

小鳥遊縹は、あのコロシアイから帰還して、いの一番にとある友人と連絡を取った。
そうして、

「…アナタの人生を、綴らせてはもらえないでしょうか」

願った。

電話口の友人は、少し驚いた様子を見せたものの、すぐさま微笑んだのだろう。

やりたいことが、見つかったか?ハナダ。

柔らかな声が、その彼の願いを喜んだ。


どうせ意味のない繰り返し。変わり映えのしない結果。

そう、彼はあの最後の裁判の場で言葉を紡いだ。

けれどもあのコロシアイの日々は、彼に新しいものを与えた。
殺人者の記録だけではない。
願いを。心から、喜べそうな芽を。

彼の人生に、意味を。

その願いが潰えない限り、彼が再び惰性で生きて死ぬことは、ないのだろう。






空いた穴を埋め始める
(何度も繰り返して、きっと同じ日々を過ごした)
(だからこれは、イレギュラー。コロシアイというものが起こした、イレギュラーだ)

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