(旅立ちの花嫁)
そわそわと落ち着かない。それもそうか。今日は聖と征の結婚式だ。
娘を嫁に出す気分、というものはこんな感じなのか。
世の父の気持ちが少しわかった気がする。あとついでに兄。
聖が控えている部屋の前で一人そわそわしていた。
さっき守孝に「落ち着きがないですねぇ。そんなので本番大丈夫ですか?」と言われたが、…たぶん…泣くだろうな…。
「伊能殿」
「あぁ征」
声をかけられそちらを振り向くといたのは、いつもの赤い中華風の服ではなく、紋付羽織袴を着た征だ。
「赤じゃなくて黒い君も珍しいなぁ」
「我も少し落ち着かんよ。…聖は?」
そわり、と扉の方を伺った征は、いつもと違い、少し落ち着きがない。
ふふ、と少し口元を緩め、私は扉を指差す。
「準備は出来ただと。入ってこい。新郎様」
「伊能殿は」
「私は後でいいよ。花嫁の姿を一番に見るのは新郎だろう?」
君は移動時間違うんだし。と言うと、征は部屋へと入って行った。
聖が白無垢に着替えた姿は私もまだ見られてないが、きっと綺麗なんだろうな…と思っていると、征の声が響いた。
あいつらしい。
ふふっと笑いが漏れた。
…あの日からもう、10年以上経つのか。
聖達を拾った時は、正直いって未来がどうなるかなんてわからなくて、あいつらを守り生きるだけで精一杯だったが、こんなにも、立派に育ってくれた。
私が親だなんて、不安だったこともたくさんあっただろうに、捻くれず、真っ直ぐ、いい子達に。
「本当によかった」
ぼそりと一人廊下でつぶやく。
その時再び扉が開く。
「もういいのか」
「我はもう少し居たかったが、時間がないと言われた」
「あぁ、君は先に行ってないといけないしなぁ」
扉が閉められ、会話も途切れる。
しん…と辺りは静寂につつまれた。
「なあ征」
口を開いたのは私だ。
征がピクリと反応を示す。
「聖を、頼むなぁ…幸せに、してやってくれ」
頬を温かいものがつたう。
「…ふん、言われずとも。
今からそんな間抜けヅラでどうする。伊能殿」
相変わらず手厳しい、と思っていたら、すっと男は頭を下げる。
「…必ずや。貴方の大切な娘さんを、幸せに」
それだけ言い、征は足早に立ち去った。
「…ははっ礼儀を重んじる君らしいな、征」
だから、君だから、俺は、任せられると思えたんだ。
溢れた涙をぬぐい、扉を叩き、返答を聞いて、部屋へと入る。
「もう、泣いてるんですか。仕方ないお父さんですねぇ」
部屋の中で微笑む彼女は、今までで一番美しい。
「綺麗だな、聖」
「ありがとうございます。いただいちゃって…申し訳ないです」
「構わないよ。大切な家族の君のためなら。贈り物くらいさせてくれ」
化粧を施されていつもと違う雰囲気の聖だが、聖は聖だ。
「なあ聖」
「はい」
「今までで色々あったな。辛い思いをさせたかもしれない。苦しかったことも、あったと思う。
でも俺は、君がここまで育って、旅立って、生涯の伴侶を見つけたことが、すごい嬉しいよ」
「…はい」
「なあ聖。今、幸せか?」
「…っはい!!」
笑って力強く返事をする聖に、自分も笑みを零す。
「どうかこれから先も、幸せに。俺は、君の幸せを祈ってるよ。聖」
誰よりもたくさんの祝福を君達に
(君はいつまでも大切な家族だ)
(…もちろん、君もカゾクさ。征)
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