(孤独の蠍と寄り添う獅子)
彼の言葉(こえ)を理解できる人が増えればいい。そう願った過去、自分が彼の隣にいれることは到底想像できては居なかった。
当たり前だ。あの時の自分は、何も自信はなく。自分が声を理解できたからと言って、なんの役に立てるというのだ、と。
ひたすらまるまることしかできなかったのだから。
だから早く、あの人の孤独を埋める人が現れてほしい。
優しいあの人はきっと、あの状態に慣れてしまっていて、1人であることは何も気にしていないだろうけれど。
言葉(こえ)を理解して、そう!と喜ぶ機会を増やすことができる人を、自分以外にもっとたくさん。
オレは、あの人の幸せを願っていた。
----------
怒涛の勢いで一年が過ぎた気がする。とレギュラスは廊下を歩く。
中3の終わりに黒い獅子に捕まり、イヤイヤと引っ張られながらした副寮長。
そんな中幕を開けた高校一年生は、それはもう濃いものであった。
1人の人が体験する方が少ないであろう、刃傷沙汰。
(まあ、この学園はちょくちょく変な奴がいるので、この学園に限定してしまえば、珍しいことでもないのかもしれないが)
魚座の副寮長による自身のトラウマのほじくり返し…及び、それに付随して獅子座の寮長との衝突。
可愛い顔をしてえげつない後輩であったし、獅子の男は予想通り恐ろしい人であった。と同時により面倒な人間たちであったことを知る。
けれどもこれは、自身の人生にとって最大の分岐点だったと言えるだろう。とレギュラスは廊下の窓から空を仰いだ。
ことの発端が癪で、苦しくあり、中盤も威圧に死にそうになった。
今でもあまり思い出したくはない事象であるが、“人に助けを求める”、“信頼をする”ということを再開した時だった。
あと、蹲って止めていた足を進めることにした時でもある。
どうにか立ち上がって、歩き出す練習を始めたレギュラスは、最後の試練をこの後越えるのだ。
トラウマであったあの太陽と称した男へ盛大な啖呵を切り、レギュラスはあの人、憧れるだけだった自分とは決別した。
そうして、言ってしまえばよちよち歩きを始めたレギュラスは、同級生との交流や、同族である黒髪の男とのぶつかり合いを経て、少しずつ自信をつけ始めたのだ。
そうして、高校2年生を迎えた。
本当に怒涛の一年だった。レギュラスはいろんな感情を噛み、息を吐く。
もう1年経てば、うちの寮長は卒業し、自分が寮長になるのか〜面倒だなぁ…と思いながらも、当初副寮長になった時ほど嫌悪はない。
これもほのかに芽生え始めた自尊心のおかげだろう。
面倒だろうがきっとどうにかできる。なんなら、あいつらもいるし。という信頼も添えて。
成長を見せる男はやがて渡り廊下へと差し掛かり、ふと、外を見る。
そこには花壇があり、1人の人物がこちらに背を向けて花を見ていた。
その後ろ姿に、レギュラスは見覚えがあった。
今様色の三つ編みが風に揺れる。
小柄なその姿は、ポツンとそこにあり、レギュラスはそれが砂漠に1匹、孤独にいる蠍に見えた。
駆け出したのは、無意識だ。
気づいた時には足は花壇の方へ。その孤独な後ろ姿へと向かった。
ー言葉(こえ)を理解できる人が、増えればいいー
そう思ったのは確かで、隣にいるのは自分ではないと思っていた。
クッと引いた手に、引かれた相手はやや驚いたようにレギュラスを目に入れた。
吸い込まれそうなほど、真黒の瞳。その瞳の中に、どれほどの真理が詰め込まれており、どれほどの孤独が滲み出ているのか。
レギュラスは、その瞳がほのかに輝く時を知っている。
できれば多く、その目であれと願うくらいには尊く感じる瞳を。
「…オレじゃだめですか」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。
吐いた本人も、その言葉を受けた本人もパチリと一つ、目を瞬く。
そして、ストンと。
レギュラスの中で一つ腑に落ちた。
「サレナさん。オレじゃダメですか。
アナタの言葉(こえ)をきいて、アナタと知ることを喜び、アナタの隣にあり、アナタと幸せを噛み締める!」
ぐっと、彼の腕を掴むレギュラスの手に力がこもる。
「オレじゃ、ダメですか。アナタを孤独にしたくない」
ぼろぼろと溢れる言葉は、常々思っていたことだ。
幸せであってほしい。笑っていてほしい。
最初は言葉が理解されないなんて大変そうだという憐憫だったかもしれない。
けれども彼の言葉(こえ)を聞いて、理解して、彼を知って。
レギュラスは願う。
アナタは幸せであってほしいし、それを共に分かち合うのはオレがいいと。
コル・レオニス・レギュラスは歩き出した。
その先にあったのは、彼の幸せを願う自分で、そうしてその隣には彼がいてほしいと思った。
これは、小さな獅子の王が求めた、確かな願いだ。
topへ