(絶対の太陽)
あぁ、この時が来たか、なんて思ったものだ。認識するとともに走る痛み。滲む血。
すぐ目の前には、血走った目をした男の顔だ。
男の口から漏れ出る呪詛に思わず顔を顰め、そして聞き取れた単語で自分がこうなった理由を悟る。
自身の腹に刺さった“何か”をこれ以上沈めようとした男を、なんとか払いのける。
自分に返ってきた勢いを殺す術は持っておらず、コルは男とともに無様にも地へと膝をついた。
(あー…不味いな)
まさか、自分がこんな目に遭う日がこようとは。
いいや、わかっていたことだった。
拒否権のない指名、それゆえに渡された立場。
それなりに隠しているつもりだとは言え、寮長への態度が良くないのも、副寮長の座を蔑ろにしていることも、執着している者ほど知っていたことだろう。
(だーから、関わりたくないんだよ)
いつだって、割りを食うのは太陽に近い存在だ。
はあ、とコルは息を吐くと、視線をどうにか上げる。
こんなやつが副寮長だなんて、と吐く目の前の男を哀れに思う。
“こんなやつ”のためにお前は一つ罪を犯したのだ。やるならもっと他にあったものを。
碌でもない事象に関わることになってしまった原因が、脳裏を掠めながら、コルは痛みに奥歯を噛み締める。
原因は、以前コルを守るとほざいていたものだが、その姿は現在ここにない。
どうしたものかと男は逡巡した。
痛みと出血により、平時より頭が回らない。
能力は…使わないほうがいいだろう。いや、傷口を燃やせばいいのか?などと、相手からジリジリと距離を取りながら考えていたところ、根本原因の声がやっと聞こえた。
いやおせーんすわ。なんて、心内で悪態をつきながらその声の先へどうにか視線を動かした。
獅子の様な男は凛とした佇まいでそこにいる。
されどもそれはいつもの様子と違い、どこか冷たさを纏っていた。
レオンに気圧されたのか、コルを刺した男は弾かれたように人混みをかき分けこの場から逃走して行く。
あ、ちくしょうやり返してねぇぞ、だなんて思っても、自分が追えるはずもないとコルは一度固く目を瞑った。
それから低い声が方々へと指示を飛ばすのがどうにか聞き取れた。内容もかろうじて、理解できたと思う。
あの副寮長仲間が来てくれるのなら、ひとまずはどうにかなりそうだ、とコルは安堵の息を吐く。
気が抜けたせいか、どっと痛みが押し寄せ、くらりと目眩がしてしまったが。
そうしていると、さらりと何かが前髪をなで、脂汗が風を受けひんやりと冷えた。
その何かを払う気力さえ今はない。
「…こんなんでくたばるとは思ッてねェが、気ィしッかり持てよ」
「……は、言われ、なくとも」
そう憎まれ口を言うのが、精一杯であった。
コルの視界は最後に、黒き獅子を見たところで暗転した。
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次に目を覚まして視界に入ったのは、真白の天井だった。
保健室か、と記憶と現状を、起きたことを合致させ、あの後意識失い誰かに運ばれたのだろうと瞬時にコルは納得する。
…ただ一つ納得できないとすれば。
「おう、起きたか」
「…なんでいるんですか」
聞こえた声に、コルはやや顔を顰める。
平素つけているマスクが、倒れたせいか外されていたので、その嫌そうな顔はありありとその声の主に見せつけられたことだろう。
コルが眠っていたベッドの横には、パイプ椅子に足を組みスマートフォンを弄っていたレオンがいた。
レオンはコルが目を覚ましたことに気付くと弄っていたそれをポケットへ戻し、椅子ごと側へやってくる。
それにいや寄るな、と思いながらもコルは声に出さない。
出しても聞かないのは分かっているからだ。
傷は同級生のフォンスによりすっかり綺麗に治っているだろうが、彼は疲れていた。
だから余計な事は口にしない。
「なんでッて心配してんだよ、傷どうだ」
「アンタの心配はいらねーんで」
素っ気なく返しながら、コルは刺されたはずの腹部に手をやる。予想通り痛みはなく、捲ればそこにはもう傷跡も残っていなかった。
「あとでフォンスに礼言ッておけ、俺からは先に言ッてある」
「…っす」
バウスに礼か。と今後の予定を立てる。
そう考えながら、目が覚めたことを確認し、傷を確認し、まだこの男はここにいる気かと、目の前の男へコルは視線で投げかけた。
だが、レオンはそんなことを気にする様子はなく、ただ、少しばかり珍しく少し大人しく言葉を紡ぐ。
「今回の件は俺の目が届いていなかッたせいでもある。
対象生徒は能力系授業のあとで精神的に不安定な状態だッたらしい、そのせいで些細なことがきッかけで感情が暴発したと先生方が言ッていた。
処罰は下してある、悪かッたな」
こういうところだ。
とコルは再び眉根を寄せ顔を顰めた。
些細な事でも一番を主張するほど自己主張が強く自分が一番であると自負しているくせに、犯した過ちを認めて相手が誰であろうと対等に謝ってくる。
きっと周りの人間はこの男のそう言ったところにリーダーとしての素質を、カリスマ性を見出すのかもしれない。
それでも。そうだとしても。
数多の人間の様にコルはこの男を慕う事はできない。
(全部見れるわけねぇじゃねーっすか。アンタはシマウマか?)
こちらを見詰める黄金の太陽に居た堪れなくなり、コルは頭まで布団をかぶってレオンに背を向けた。
さあ、とっとと帰れ、だなんて思いながら。
「まだ具合が悪いか、まァゆッくり休んでろ」
「言われなくてもそうするんで。
……大体マジでアンタのせいなんで、さっさと副寮長から下ろしてくれませんね」
人が聞けば、問題あるのはコルの日頃の態度のせいでは?といわれるだろう。
その人たちの感性は正しい。
確かにレオンは、拒否権のない指名をコルにし、副寮長の座へと座らせた。
そうなったのならば、平穏に過ごしたいのならば、当たり障りなくコルが生きればいいだけだ。
なのに、この男はそれをせず、地位の上にある寮長を蛇蝎の如く嫌い続けた。
コルはレオンのせいだというが、9割方は自業自得の結果であろう。
それでも。それでも、だ。
コルはこの男のそばにあるのは嫌だった。
布団の中からのくぐもった声、辛うじて見えていた髪にレオン触れれば、布団の中から伸びてきた手がレオンの手を叩き、また布団の中へ戻って行く。
その様を見て、レオンはくつくつと笑った。
頭まで被った布団の中で聞こえたパイプ椅子の軋む音。
ようやくレオンがどこかへ行ってくれるかとコルは息を吐いた。
「まァ、ぜッてーお前を副寮長から下ろす気はねェけどな」
笑う声交じりの絶対的な宣言。
いつもの返答。何度もした問答で、コルの願いが聞き入れられる事はなかった。
コルが反射的に布団から顔を出し文句を言おうとしたが、もうレオンは保健室を出るところで、コルの方を一瞥しひらりと手を振って行ってしまった。
これはまだ当面、本来望んでいた静かな生活は戻ってこなさそうだとコルは深いため息を吐き、ベッドの中へ戻って行ったのだった。
再び眠りにつきながら願う。
どうか、また溶かされる前に逃げられますように、と。
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