(飛べない翼)
俺は赤い髪の人が苦手だ。あの人を思い出す。今でも体が恐怖に蝕まれる。
それだけ、あの人は俺のことを支配していた。
4年前まで、俺は太陽の帝国で、奴隷をしていた。
俺の一族は赤い鷹で珍しく、帝国の貴族達の目にとまったらしい。
村は焼き払われ、村人は捕まえられ、それぞれどこかへ連れて行かれた。
奴隷市場で、これから俺はどうなるんだろう、と絶望に打ちひしがれていたら、俺のいた檻の前に一人の青年が立っていた。
「へぇ、赤い鷹、ですか。珍しいですね」
燃えるような赤い髪に、赤い目。
それが俺の主人だった、ヨシュカ・アデレードとの出会いだった。
ヨシュカ様は俺を買って家に連れて帰った。
案内された家は馬鹿でかくて豪華。
薄汚れた俺が入っていいのか戸惑ったのを覚えている。
「まぁ入ってくださいよ、えーと」
「あ、スヴェルステア・アイテル・エトーレ、で…す」
「はい長いからスヴェアくんで。まずはその格好どうにかしないとですねぇ」
風呂と服とーと言い動くヨシュカ様を俺はぼんやりと眺めているだけだった。
風呂に入れられ綺麗な服を着せられ、食事を与えられた。
そこでふと疑問に思う。俺は、奴隷としてここに買われたんじゃなかったのか、と。
太陽の帝国には獣人の奴隷がたくさんいると聞いたことがある。
ひどい扱いを受けていることも。
「あ、の…」
「どうかしました?」
「俺、はこれから…奴隷として…?」
「あぁそのことですか。君は僕の言うことをきちんと聞いてさえくれていれば、酷いことはしませんよ。
むしろ衣食住保証します。
だから、安心していてくださいね」
にっこりと優しく微笑むヨシュカ様に、俺は運が良かったんだと思った。
言うことさえ聞いていれば、俺は大丈夫。そう思った。
全部全部、偽りだったのだけれども。
最初はよかった。
優しくて聡明な良いご主人様。誰もが羨む素晴らしいお方。そんな印象を抱いていた。
次第に仮面は剥がれ、癇癪持ちが見え隠れし始めた。
気に入らなければ使用人達にあたり、俺には無茶振りを要求するようになり、"良いご主人様"像は完全に消え失せた。
鷹の姿になって重い荷物を運ばされ潰れたら笑われたり、羽を引っこ抜かれたこともあった。
しまいには憂さ晴らしに蹴られ殴られ。
気づいたら怪我がたえない日々になっていた。
「ねぇスヴェアくん。僕ね、すっごいむしゃくしゃするんだ…。あいつ絶対許さない…!!僕よりバカな癖して…!!僕を見下しやがって!!!」
あぁ今日も、外で何か気に入らないことでもあったのだろうか。
「ねぇ聞いてます?」
「がっ!!」
ヨシュカ様が手元の機械を操作するとともに、俺の体に電撃が走る。
来たばかりの頃に渡された腕輪から流れてくる。
最初はまさか、こんな代物だと思っていなかったが、どうやら首輪の代わりだったらしい。
「き…聞いております」
「そう。でさぁ、スヴェアくんちょっと殺してきてくれません?」
「はっ?」
「二度も言わせないでくれます?」
「で、ですがヨシュカ様…」
「口答えするつもりですか?」
ギロリと赤い目に睨まれる。
とたん体が震え上がった。体が覚えている。逆らってはいけない目だ。
「あ…あなたの御心のままに…」
跪いて、頭を垂れた。
赤い血。俺の手から、流れる、血。
俺の血じゃない。
倒れてる。そう、倒れてる、この男のーーー…
「あっははスヴェアくん!!よぉくやりました!!」
屋敷に戻るとヨシュカ様が笑顔で迎え入れてくれた。
機嫌がいい。俺、生きてる。
「おかげで僕は機嫌がいいです。
ご褒美あげますね」
久々の食料が投げてよこされる。
俺は、ついに、人を殺めてしまった…。
その事実にぼーっとして食料を拾わなかったのがヨシュカ様の勘に触ったのか、思いっきり殴られ床に倒れる。
そして蹴られて、蹴られて蹴られて蹴られて蹴られて蹴られて……。
意識が戻った時はいつもの質素な部屋だった。
(俺は、どうすればいいんだ…)
ここに来て何年経った。3年、いや4年?
ヨシュカ様の癇癪で使用人や奴隷が殺されるのを何度も見た。
次は俺の番かもしれないと恐れ震えながら生きる日々。
(もう疲れたよ……)
もう家族の顔も、自分の本当の名さえ忘れかけてる。
機嫌を損ねさせるな、顔色をうかがえ、生きたければ、生きたければ生きたければ。
「いっそ殺してくれ…」
自分の手で人を殺すのも、自分の目の前で誰かが死ぬのも、もう見たくない。
また朝が来て、昼が来て、夜が来て、一日が終わる。
平凡に暮らせていたあの時間はもう戻ってこないし、俺の手は血に汚れた。
ヨシュカ様の道具として、この先一生生きていき、ヨシュカ様の気まぐれで殺されるのかと思うと、ゾッとした。
その後、俺はこの屋敷から必死で逃げ出すことになる。
そんな逃げる道中である少女と出会うのは、まだ少し先の話である。
「大丈夫、ですか…?」
それが少女との、命の恩人との縁が繋がった瞬間だった。
自由に羽ばたけなくなった空
(気持ちよく飛んでいたあの空は、何色だったっけ)
(それすらももう、思い出せない気がした)
(今日も今日も生きるため、俺は人形となる)
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