(拝啓、忌まわしき過去に告ぐ)

【世界樹創世記念祭で死んだ兄が還ってきた話】



夢だろうか、これは。
死んだはずの兄が今、昔の記憶と変わらない姿で、昔と同じように笑っている。

世界樹の噂は、本当だったんだ。

涙が、止まらない。「エシュー泣きすぎ」という兄に、これで泣くなとは、無理に決まっていると心の中で文句を言う。

どうにか涙をぬぐって顔を上げると、周りにいた多くの人たちも、ほとんどの人が涙して、還ってきたであろう者たちを見ている。

「兄さん」
「なんだ?エシュー」
「兄さん…っ」
「だからなに」

くつくつと笑う兄に私は飛びついた。
あぁ、触れる。温かい。兄だ。本当に兄がここにいる。

「ありがとう、還ってきてくれて…っ」
「礼を言うのはこっちの方だよ。そこまで俺を想ってくれててありがとう、エシュー。短い時間だけど、エシューの話たくさん聞きたいな」
「私もっ」

兄の言葉で私は兄の胸から顔を上げた。

「私も…っ話したい人や、紹介したい人…っいる」
「紹介したい人?誰々?」
「私の…大切な人達」

そう言って笑い、そばで浮いていたスコルピィの腕を掴む。

「この人、スコルピィって言うの」
「おぉ、精霊か」
「そう。私が、帝国で捕らえられてる間話し相手をしてくれてて…
解放された今も、私の願いを聞いてくれてそばにいてくれてるとてもいい方なの。
スコルピィが居なかったら私は、1人で悲しいままだった。
私の一番大切で、一番大好きな方よ」

「そうか」

兄はいい精霊と出会えたな、と言うと、スコルピィへ挨拶とお礼の言葉を述べ、二言三言言葉を交わしていた。

「それから…っ」

時間がないから、サクサク行かなきゃ、明日には、世界樹の輪に還ってしまう。

今度は兄の腕を引き人混みをかき分け、少し走る。

確かさっきまで向こうの方に、とそれだけを頼りに走り、目的の人物の姿を見つけたところで足を止める。

「あの方も、再会をしているところだわ…邪魔をしたくないからここで」
「おぉ」
「あちらに見える方は太陽の帝国晴れの帝王のアルバ様」
「あれが!」

兄はほ〜とおでこに手をあて、遠くの陛下を見るように目を細める。

「なんか前のとだいぶ雰囲気違うね」
「えぇ。あの傲慢な王とは全然違う…。
大雑把で、仕事嫌いなバカなお方…でも、国を変えようとしているすごい方。私がこうして自由に歩けて、この祭典にこれて、兄さんと再会できたのは、紛れもなくあの方のおかげなの。
それから陛下の横にいる方はパルファン様。陛下の恋人よ。
色々ぶっ飛んでたりしているけど、まっすぐな想いを持ったいい子よ。
…帝国は、ずっと恨みしかなかったけど…」

塔に閉じ込められてる時は、暗くて、悲しくて 、憎くて、国ごと滅べばいいと思っていた。
けれど、解放されて、アルバ様やパルファン様達と出会って、話して、過ごして…

「帝国の人間皆が皆、愚か者ではないことがわかったわ。
帝国の中にも、必死にもがき、生きている方もいる。
それを知るきっかけになった陛下達も、大切で、…嫌いじゃないわ。
たまにうっかり手が滑りそうになるけれど」

「うっかり。エシューは相変わらずだなぁ」

そう言って本気で殴りかかることもあるんだから、怖いぞお前は。と笑う兄に、昔の話よっと返しておく。

「それからね、チコっていう精霊の友人もいるの。ちょっと無愛想だけれど、礼儀もちゃんとしているし、たまに可愛いところがある子よ。
ちょっと今は姿を探すことができないけれど…大切な友達。
それからね!テロル様とこの祭典でお会いしたの。
昔は少ししか会ってなかったから、あまりよく知らなかったけれど…
とても、いい人ね。流石兄さんが惚れたお方。
私もあんな風になりたいわぁ」
「テロルさんな!!!ふふ、いい人だっただろ!」
「兄さんも会いたいでしょ?後で探してみましょう」

そこから色んな方たちとの思い出を語った。

公国が襲われて、帝国に連れてこられてスコルピィと出会って話してたこと、
アルバ様が反乱を起こして王権を奪取し、雨の民を解放してくれたこと、それからアルバ様の近くで働いたことによって見た新しいこととか、帝国は公国とは違った暑さだとか、本当に色々。

兄はうん、とかそうかよかったなぁとか、笑顔のままよく話を聞いてくれた。

「思ったより今の生活、私は気に入っているみたいなの」
「エシューが楽しいようならよかったんだ、ただ…」
「兄さんが心配していることはわかってるわ。帝国に復讐するつもりはないわ。
私は、ただ傍観するだけ。貴族たちが、自分で自分の首を絞めて落ちていく様を。
…改善する気があると言うのなら、私は協力するけれど。変わる気がない限り、私は見ているだけよ。
復讐は復讐しか生まない。
雨の民が帝国に復讐すると言うのなら、残った王族として私は、命を捨ててでも民を止めるわ」

たとえ仲の良かった友人でも。と呟き、私は1人の友人を思い出す。

「ごめんな、エシュー。国を守れなくて」
「謝るのは私の方よ、兄さんを、皆を、守ることができなかった。そうして私だけが生き残ってしまった。
生きているのが、兄さんだったら良かったのに…っ」

ずっと謝りたかったの。そう言って兄の裾を掴む。
あの日のことを思い出すだけで、涙が出る。
そして愛している祖国はもうないのだという現実が心に刺さる。

「そう言うなエシュー。俺はお前が生きてくれていて良かったよ。
これからも生きてくれ、エシュー。俺からの最期の願いだ」

また溢れ出した涙を、兄がそっとぬぐってくれる。

「うん、兄さん…。
私生きるわ。兄さんの分まで。拾った命だもの。大切にする。
それで、世界がどう変わっていくのか、見ていきたい。
だから安心して兄さん。もう泣いてるばかりの泣き虫エシューじゃないのよ。大丈夫。強くなったの」

にっと私は兄の前で笑って見せた。
幼い頃私は泣いてばかりで、兄や姉に心配ばかりかけていた。
兄さん達みたいに強くなりたいとも思っていた。

「ねぇ兄さん、私は兄さん達に追いつけた?」

その場でくるりと私は回ってみせる。
成長した私の姿を、兄に見てもらえるように。

「あぁエシュー。お前は強くて、美しく綺麗になったよ」

兄は泣きそうな顔で目を細め、笑ってそう言ってくれた。

「追いつけたなら…っよかったなぁ…っ」

私は成長した。
兄さんや姉さん達が生きてたら、どんな人たちになっていただろうか。
結婚して、もしかして私に姪や甥ができていたのかもしれない。

それはもう、見ることのできない未来だけれど。

そばに居てくれたら、生きてくれていたら、何度も夢に思った。
何度もその未来を望んだ。
でも、私は少しずつでも進んで行かなければならない。
振り返っている場合ではない。
思い出は胸に。私は前へ。

引きずって下ばかり見ていては、死んでいった民に申し訳が立たない。
生きたかったのは死んでいった彼らだったろうに。





生きるわ。この命尽きるまで
(生きて、進んでいくわ、兄さん。だからお願い。次の生を受けるまで、世界樹で見守っていて)
(当たり前だよ。俺たちの可愛いエシュー。皆お前を心配していた。俺たちはお前を見守ってるよ)
(また会えて、本当に…っよかった…っ)

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