(貴方の気持ちを知りたいの)

エシューが伝える話。




今日はアルバ様の生誕祭。王宮のバルコニーにパルファン様と共に立つアルバ様は、国民の歓声に応えていた。
私とマルクス様はその後ろに控え、その光景を見守っていた。




「お疲れ様ですエシュー様。夜会まで少し休憩です。ついでに着替えてきてください」
「わかりましたわぁ」

お披露目やら貴族のお目通りやらを一通り済ませた夕方前、やっと一息つけることとなった。

私は王宮の廊下を歩きながら、着慣れない正装の服のボタンを少し緩め、まとめていた髪も解いていく。

(もうそろそろ、私の役目も終わりかしら)

先ほどまでの光景を思い出しつつ、自室へとむかった。

(アルバ様の政権になって、情勢もまぁまぁ落ち着いてきた。相変わらず貴族の粗は目立つけれど…少なくとも悪い方向には向かっていない)

私は、この国の行く末を見るために、奴隷から解放された今でも、忌まわしいこの王宮にいる。

(心配しなくてもあのお方ならきっと、この国を良い方向へ導くだろう。そうとなれば、元々部外者である私がここにいるべきではない)

部屋の前に着き、扉を開けて中に入った。
堅苦しい服を脱ぎ捨てながらその時、考え事をしていたせいで自分以外の気配が先にその場にいたことに気づくことができなかったのは我ながら間抜けだ。

(1年…いやあと2年。長くて、2年。
この国に留まろう)

そう考えながら、瞳を閉じ、ある一人の人物が浮かぶ。

(ここを出てしまえば、会えない人も多くなる)

彼もその一人か。この国で契約をしているのなら、そうそうどこかへ行くことはあるまい。
そして私は、この国を出てしまえば、もう戻ってくることはないだろう。
ここは嫌な思い出が多い。…いい想い出は、少ないわけではないけれど。

ひたりと鏡に手をつき、自分の瞳と目を合わす。

(…私は雨の民。ここにいるには居心地が、少々悪い)

昔と比べて奇異の目を向けられることは少なくなった。が、やはりたびたび刺さるのだ。これがかの帝国に逆らった蛮族の一人か、と。

(皆が皆そう思ってるわけじゃなことは知ってる。でも、祖国がバカにされる中、ずっと生き続けることができるほど、出来た人間ではないわ)

ぎゅっと鏡に当てた指に力を入れたところで、一つの視線がこちらに注がれていることに気づく。

「!?チコ、あなたいつからいたの!?」

「…とりあえず、着替えるなら早く服を着ろ」

彼にそういわれて、現在の自分の恰好を思い出す。正装の上着を脱いで、さらに脱いで……

「っ居たなら早くいいなさいな!!!」

手にしていた上着をチコに向かって投げつけ、とりあえずいつもの服を着た。

「…君が気配に疎いとは珍しいな。考え事か?」
「…まぁ、そんなところよねぇ…」

いるとは予想外だった、とまだ熱い頬を抑えながら私は咳払いをしつつそう答えた。
しかしどうしてこう、タイミングが悪い…いや、いいのか。
さっき考えていたことを思い出して、勝手にいたたまれなくなる。

何も言わずに姿を消そうとしていただなんて、それを知ったらこの目の前の男はどう思うだろう。
いや、なにも思わないかもしれないわね。

私はあなたがあの騎士と契約して、いつものあの場所にいなかったのは、随分寂しかったけれど、
あなたにとって私は、ただの鬱陶しい人間の女なんでしょうね。

「…チコ、少し、お話ししないかしらぁ?」

にこり、といつも浮かべている笑顔を作り、彼にそう持ち掛けた。




面倒だ、と一度言われてしまったが、無理やり引っ張っていき、人気の少ない場所へ行き、腰かける。

「最近元気にしてる?」
「…それなりに」
「そう、それはよかったわぁ。水不足にも陥らなくなってよかったわねぇ」
「…あぁ」
「うふふ、相変わらず口数少ないわねぇ…少しはこう…にこってしてくれればいいのに…まぁチコの笑顔なんて見れた日には、
明日は雨かしらねぇ…太陽の民は喜びそうねぇ」
「失礼な奴だな」
「あらやだぁ事実でしょう?」
「エシュー」

ふふふふ、と笑っていると名前を呼ばれる。
笑うのをやめて、チコを見た。

「…本題はなんだ」
「…やぁねぇ…ほんと」

いつも通りの少し不機嫌そうな顔。きれいな赤い、目。
その目が早く言えと私を急かす。

確かにそうね。この後にも予定はあるのだから、のんきに談笑をしている場合ではないのかも。

「私、この国にいる理由がなくなりそうなの。1、2年でこの国を出るわぁ」

目線を自分の足元に落とし、足をぶらぶらと左右に揺らす。
彼は無言だ。

「今まで私に付き合ってくれてありがとう。楽しかったわぁ」

チコと出会った当初や、創世記念祭を一緒に回ったことを思い出しながら私は少し微笑んだ。

「…そうか」

そのそっけない一言に、彼らしいなと私は思う。
…止めてはくれないのね。少しはうぬぼれていたのだけれど。
ただの鬱陶しい人間の女でも、少なくとも、ほかの誰よりも、貴方のそばにいたのは私だと。
そして、きっと、誰よりも遠くの位置にいたのでしょうね。
その距離が心地よくて、気に入っていたわ。

右側を見て、背中合わせで座っていて、触れるか触れないかの位置にあるチコの手を見つめる。

近いようで遠い、触れるようで触れない。それが私たちの関係を一番表している気がした。


そんなあなたに、淡い恋心らしきものを抱きだしたのは、いつからでしょうね?
いい年をして恋、それに精霊に、だなんて。
兄さんが聞いたら、どう思うかしら。

さぁっと風が吹き、私はゆったりと目を閉じる。

この国をでるつもりなら、すべてを置いていかなければ。
この、ほのかな期待でさえも。


「ねぇチコ、私、理由がなければ、この国で生きられない面倒な女なのよぉ」


そのほのかな期待に、もしかしたらと思いながらつっとチコの指先に、自分の指先をくっつける。

「チコ、私の目的が終わっても、ここで生き続ける理由を頂戴」

本当は、ここで生きたいのよ。生きたいと、思うようになったのよ。ここでの出会いで。
私を繋ぎとめて、この国に。貴方だけが、それができる。
愛おしいあなたと…一生でなくていい、少しでも共に生きていってくれるのなら、
…私を、忘れないでいてくれるのなら、この悲しい思い出も、楽しい思い出もつまったこの国で、生きていける。

「好きよ、チコ。貴方はこの気持ちを、愚かだと言うかしら」



貴方の気持ちを知りたいの
(こうして本心を伝えるのは、いつぶりかしら)
(断られてもいいのよ。言えただけで満足だもの)

topへ