(私を愛して)
「そういえば、市子さんって、お母さんが亡くなったのは知ってるんすけど、他の家族は…?」長らく返事を保留にしているにもかかわらず、おくるは嫌な顔もせず普通にゆかりべにくる。
私は一人でドギマギしているのだが…
「お父さん、とか…」
"お父さん"
その言葉で、すぐあいつを思い浮かべてしまう自分が少し憎かった。
あいつはもう、父でもなんでもないというのに。
「父親?さあ、そんな奴も居たっけな」
落ち着いて、いつも通りに。
ははは、と笑いそう返す。
「…なにか、あったん、すか」
少し気まずそうに、おくるは聞いてくる。
「…昔々、異国の男と結婚した女がいました」
なぜ、私は言っているんだろう。
誰かに、聞いてもらいたかったのか、店におくるしかいなかったからか、おくるだから、なのか。
どうにか、私への気持ちをなかった事にしてもらいたかったからなのか。
突然話し始めた私に少しおくるは驚いた感じになったが、すぐに聞く態勢に入ってくれた。
…本当に、いい子だ。
「異国の男の名前は、エドガー・フォーゲル。…帰化したから、この国では、鶯原弥太郎と名乗っていた。その男と結婚した女の名前は、紫部千鶴子。…私の、母と、…父の名だよ」
「…お父さん、異国の人、だったんすか。えっじゃあお父さんは生きて」
「あいつはもう父親じゃないっ!!」
思わず怒鳴って、おくるの肩が揺れたのではっと我にかえる。
「…悪い。…捨てたんだよ、あいつは。私と母さんを…家族を」
ぐしゃり、と前髪を乱し私は顔を歪めた。
思い出しただけでも腹立たしい。
父だった男は夢追い人だった。
新しい事に挑戦するのが好きで、やりたいことを見つけては、それに向かって全力を注ぐ男だ。家に帰ってこないことも多々あった、気がする。
そんな男を母はいつも応援していた。一生懸命な姿が好きだと言っていた。
けれど、あまりにも不在が多かったあの男に母はついに痺れを切らし、異国に行くと言った時に、行くのなら離縁すると言った。
…多分、私を思ってのことだろう。心にもないことを言って 、奴をどうにかとどまらせようとした。
…それでも行ってしまったがな。
「それで…離縁?」
「あぁそうさ。母さんの決断は早かったよ。あいつが旅立った次の日に、母さんの故郷であるこの千年町に来た。
最初は私も寂しかった。あまり会わなかったといっても、それなりに構ってもらっていたからな。
もう会えないだろうかと思った」
だが千年町に来て4年後に、あいつは私の前に姿を現した。
「帰ってきた、んすか」
「あぁ一時帰国したらしい。それで様子を見に来たらしい。
その時私は言ったんだ。もう一度一緒に暮らそう、母さんもまだ許してくれるはずだって」
なんてバカな考えだったんだろうって、今思うがな。
「…返事は」
「…はっ」
あいつの返事を思い出して、鼻で笑う。今ここで苛立っても仕方ないというのに。
「断られたよ。まだ諦めるわけにはいかないんだ、とさ。母さんに顔も見せず、またどこかに行ったよ。
最終的にあいつは私たちを捨てたんだ。私たちのことなんて、どうでもよかったんだ!」
またどこかに行こうとするあいつの後ろ姿を見て、とても悲しくて、それと同時に好きだった気持ちが、嫌いに変わっていく感覚を感じた。
あの日から、私は父とは決別した。
「…なあおくる。君は私を好きだと言ったな」
少し涙が滲んだ目元を拭い、すっとおくるに視線をやる。
「はい」
少し目を見開いたおくるだが、私の質問にすぐさまうなづく。
あぁこの子は本当に、自分の気持ちにまっすぐな子だ。
「私には、今話した通りのロクでもない男の血が流れている。この髪の色も、目の色も、ふとした瞬間に、あの男とどうやっても繋がっていることを思い知らせる。
私はいつか、あいつのように愛していたはずの人まで置いて、自分のしたいように、行きたいように、姿をくらますかもしれない」
私が味わった思いを、味あわせるかもしれない。
そんなもの、味合わせたくない。
君には、幸せになってもらいたい。
(私も、幸せに、なりたい)
「ロクでもない男のように、なってしまうかもしれない。
それでも君は、私が好きだと言うのかい?」
私を愛して
(本当に、私でいいのか?)
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