(あのこの笑顔が見たい)

やっとだ、やっと帰れる。これで、千鶴子や市子に楽をさせてあげられる。綺麗な髪飾りも、服も、美味しいご飯も、プレゼントすることができるんだ。

やっと三人で、もう一度暮らせるんだ。

そう思って僕は意気揚々と日本へ帰り、あれから千鶴子達が移り住んだ千年町にやってきた。

長いこと待たせちゃった。
もう、待っててくれないだろうか。その可能性も高い。だって、17年も経ったんだ。長すぎた。

でも顔だけでも。顔だけでも見たい。

昔の記憶だけを頼りに、ゆかりべを探す。
ジロジロと住人に見られるがまあ、明らかに日本人ではない僕の姿が浮いているだけなのだろう。

早く、早く会いたい。君たちを忘れることなんて、1日もなかった。
なかったんだよ。
市子は綺麗になっただろうか。千鶴子によく似てたから、美人になっただろう。
千鶴子は身体大丈夫かな、昔は弱かったって、聞いてたけど。

そうやって少し駆け足気味に歩を進めていると、ゆかりべという暖簾をかける女性の姿。
千鶴子かと思ったけど、一瞬きらりと光が当たって、彼女の黒髪が青に光った。

間違えない、あれはきっと

「guten Morgen!」

嬉しすぎて、思わず母国の言葉が出る。

振り返った顔は、あぁ、千鶴子によく似ている。
大人っぽくなったね。綺麗になったね。
元気そうでよかった。

おもわずボロボロ出そうになる言葉を抑え、

「やあ、暫く見ない間に綺麗になりましたネー市子!」

かぶっていたシルクハットを片手で持ち上げ、にこりと笑って見せた。

「会いたかったよ」

そして市子は目を見開いたかと思うと、すぐさま険しい顔になり、

「っ帰れ!!!」

と吐き捨てるように僕に言った。
向けられた刺さるような視線に思わずびくり、と肩を震わせる。
あぁ、きゅ、急に声をかけたから驚いたかな?顔も忘れられてるかもしれないから、誰だかわからないのかも、と動揺を笑顔の下に隠してへらりと笑い手を振る。

「市子、どうし…あっお、お父さんだよ〜覚えて…る…?」

お願い、覚えてるって、言って。

「お前なんか父親じゃない!!帰れ!!お前に跨がせる敷居は、ないっ!!
嫌いだ、お前なんて…!どうして今更、何年…っ何年経ったと…!!」

父親じゃ、ない。
その言葉にさらに心が揺れる。
そりゃ確かに、離縁は多分、千鶴子が申告書出したんだろうけど、君の父親であることには、間違えはないはずなのに…
というか、なんで僕こんなに嫌われてるんだ。
待たせたから?何年も、待たせたから?

「お、落ち着いてくれよ市子…!確かに僕はとても、君たちを待たせマシた。けど」

「けどもクソもない!!
今更帰ってきても、母さんはもういない!!
もう、死んだ!!!」

なんとか市子をなだめようとしたが、市子が放った言葉で僕は動きを止めた。

いや、待て。今なんて言った?
聞き間違いだろう?
千鶴子が、死んだなんて…

「ち、づるこが…?」

震える声で市子にどうにか僕はたずねた。

「母さんが死んだのも、全部全部お前のせいだ!!
お前が、自分のことしか考えてなかったから…!!嫌いだ、嫌いだ…!!
もう顔も、見たくないっ!!!」

そう市子は叫び、一目散に店へ入ってしまった。

あぁ、聞き間違えじゃなかったのか。
千鶴子は、死んじゃったのか。
…待たせ、すぎたのか。

(ダメだな、僕は)

ぐっと手に持っていた帽子に力を込める。

なんのために今まで千鶴子や市子を置いて頑張ってたんだろう。
やりたいこと上手くいって、お金もたくさんもらえて、また幸せに暮らせると思ったのに。

…そっか、俺のせいだよな。やっぱり。十年以上かかったのが、悪かったんだな…

「…ごめん、市子」

どうにか声を絞り出し、扉の向こうの市子に向かって言う。

…帰るしかない、かな。

こんなに嫌われちゃったんなら、もうダメかな。

すっと帽子をかぶり、来た道を戻り始める。
あ、千鶴子のお墓の場所、聞いておくんだった。…教えてくれないかもしれないか。
誰か、知らないかな。

「千鶴子…っ」

立ち止まり、溢れた涙を隠すように帽子を深くかぶる。
ちらりちらりと道行人に視線を投げられるが僕はそれどころではない。

「あっ」

すぐそばで男の声がする。横で立ち止まった気配があり、視線も感じる。
僕に何か用事のある人なのだろうか、とそちらに目をやると、背の低いカバンを肩にかけた男のコが僕をじぃっと見ていた。

「なにか、ご用事ですかネー?少年」
「あんたは、フォーゲルさん、すか?」

少年の大きめの目がすいっと細められる。
まさかこの地で、千鶴子以外が僕をその名で呼ぶ者がいるとは。

「…ヘーイ少年…その名前、どこで…?」

少々警戒して、僕は少年を見下ろした。

「その反応ってことは、フォーゲルさんであってるんすね。聞いたのは市子さんです」
「へっ市子!?」

まさか彼の口から市子の名前が飛び出すとはおもわず、間抜けな声を発する。
市子が僕の外名覚えてて誰かに話しれくれてたなんて…って照れ照れしてる場合じゃない。
少し怒ったような表情をしている彼はきっと、市子から僕への文句を聞いた子なのだろう。

「あの、」
「君、名前はなんと言いますかー?」

きっとこの子は市子の気持ちを聞いた子だ。僕に対する市子の気持ちを。
市子自身にはきっともう聞けないから、何か教えてくれるといいのだけれど。

「鐘崎、です」
「カネザキさん。ちょっとどこかで、お茶でもしませんか?」



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わかりましたと言ったカネザキさんの返事を聞き、茶屋へと向かい彼から話を聞いた。
どうして捨てたのか、なんで今更帰ってきたのか、市子は泣いていただとか。

聞けば聞くほど、市子にどんな苦しい思いをさせていたかがわかり、とても申し訳なくなる。

「ゴメンナサイ。捨てたわけじゃないんです。僕はただ」

ずっと叶えたかった夢があった。したいことがあった。
それが認められたら、千鶴子たちに楽をさせてあげられる。
確かに時間がかかりすぎた。
でも捨てたわけじゃない。今でも2人を愛している。離れている間忘れたことは1日もない。

「…言い訳、ですけどね。こうなった今では」

父親失格嫌われて当然ですね、と言いながらへらりと笑っていると、カネザキさんはそうだったんすか、と呟いた。

「僕はダメな父親です。
カネザキさん、は市子と仲が良いようですね。市子を頼みます」

お代ここに置いておきます、と言って僕が帰ろうとするとあ…っと彼が声を上げる。

「い、今の話、市子さんにしましょう…!」
「!?やだよ!?」

思わぬ提案にぽろりと素が出る。

これ以上市子に何か言われて精神的ダメージを負いたくない。これでももう気分は最悪だし今なら身投げできる気分だ。
次市子にあって、話を聞かれずにさっきみたいになったら
僕は確実に、

「市子も僕には会いたくないようだしさ!ね!?お話聞かせてくれてありがとね、danke!danke!」

これは速攻で帰らねば、と店を飛び出す。

「っ待ってくださいフォーゲルさん!
さっきのこと、フォーゲルさんの口から直接言ってください!ここで逃げたら一生後悔するっす!!」

入り口から出て数メートルの所で腕を掴まれ、彼に言われる。

どうにか手を振りほどいて進もうと思ったがなんということだ、この彼小柄な割に力強い…!!
ジャパニーズサムライすごい…!!

「嫌だ!!あんな冷たい市子嫌だ!いや俺のせいなんだけどね!?
でも心折れる!!泣きそう!!無理!!」

だから離して…!と腕を振るが取れない取れない。
うわつよい。

「離しません!しっかりして下さい、あなたじゃなきゃ市子さんの悲しみを救えないんです、俺じゃダメなんす…っ」

そう苦しそうに言った彼を見て僕はなんとか振りほどこうと降っていた手の動きを止めた。

「…君、市子のこと好きなんでしょ?」

じっとカネザキさんの顔を見つめた後そう言うと、カネザキさんはへっ!?と共に頬を赤く染めた。

市子のこと、すごく想ってくれてるんだな。いい子だ。

「…心配してくれてありがとうね。……そうだね、実の娘におびえてばかりじゃだめだよなぁ。
うん、ちょっと頑張ってみるね…っ」





あのこの笑顔が見たい
(…顔青いすけど大丈夫ですか)
(あーうんダイジョウブダイジョウブははは)
(…ゆかりべまでならついて行きますから)
(君、ほんといい人だねー…danke〜;;)

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