(嫌いと好きは)

「市子さん」

どうにも気分がすぐれなかったため少し早めに店を閉めさせてもらい片付けをしていたところでおくるが入り口から顔をのぞかせる。

「おくる?どうした、すまんが今日はもう閉店で…」
「知ってるっす。ほら入って」
「?」

後ろの方におくるが声をかけているのに首を傾げてると「押さないでくださいヨー」と少し慌てた間抜けな声を発しながら、昼にあったあいつが入ってくる

「っおく、」
「話」

おくるを咎めようとすると、すぐさまおくるが言葉をかぶせて来て私は閉口する。

「ちゃんと、聞いたげてください」
「っ」
「聞いたげてくださいよ」

何かを言いたげにおくるを見てやると、おくるは念を押すようにもう一度そう言った。

じいっとおくるを見たが、おくるも目をそらさず私をじっと見る。
そして私ははぁ、とため息をつき、「少しだけなら」と答えた。

奴が一瞬花を飛ばしたのにイラついた。

じゃあと言っておくるは出て行く。
そしてしんっとなった店に奴と二人。
ぽたっと水道から水が落ちる音がする。

「…ありがとう、市子。
まずは弁解させて。俺は、君たちを捨てたわけじゃないんだ」

何を今更、と目線を奴にはあわせずそらし、聞こえない程度に舌を打つ。

「市子、千鶴子…母さんが体が弱いの、知ってるね。
俺はね、千鶴子にうんと療養してもらって元気になってもらいたかった。それにはお金がかかるし…君たちにあまり苦労はかけたくなかった。
その時俺がしてたことがお偉いさんたちの目にとまったらしくってね。
成功すればそれなりの報酬をくれるといった。
ちょっと途方も無い夢だったけど、それが叶えば君たちをもっと楽に、幸せにすることができると思うと、その話を受けるほかなかったよ」

君たちへの思いが空回りしちゃったみたいだね。と少し申し訳なさそうに男は笑う。

「…捨てたわけじゃ、ないのか」
「まさか!誤解だよ。確かに離縁を条件に飛び出してっちゃったから、はたから見たら捨てたも同然…なんだろうけど、今日まで市子や千鶴子の事、忘れた日はなかったよ」

その言葉で私はすっと下げていた顔をあげ、男の顔を見る。
奴の目は真っ直ぐと私を見ており、嘘をついているようには、見えなかった。

「でも母さんは死んだ」
「…そうだね」
「定期的に帰ってくればよかったじゃないか」
「ちょっと、カッコつけたくて」
「あの時だって私、どれだけ勇気を振り絞ったと…!!」
「あぁ!あのもう一度暮らそう、か。すごく嬉しかったんだよ。泣いて喜びたいくらい」
「だったらとどまってくれればよかったんだっ!結局あんたは、自分の空回りな思いで私たちを置いていった!」
「…うん」
「嫌いだ!あんたなんて…!大嫌いだ!!」
「うん」
「嫌い、嫌いだ…っ嫌い。なんで今なの、なんで今更なの。一番会いたがってたのはお母さんだったのにっ」

じわじわと目に涙の幕が張り、ポロポロと零れだす。
涙腺が完全に決壊した時にはすでに両膝を床についており、そっと奴が頭を撫でる。

はねのけてやりたかった。

「…遅かったね」
「そうだ、遅かった…!お母さんは最期まで、あんたを待っとったよ…!帰ってきて、欲しかった…!!愛して、欲しかった…!!」

けれど久々に父親の温かみを思い出し、この男の手を跳ね除けることはできなかった。

「私も…っ母さんも…っあんたがいれば、父さんが、っいれば…!!
それで、よかったのに…!!」

ボロボロと涙は止まらず、短く嗚咽を繰り返す。

「そっか…ごめんね、寂しい思いさせて」
「馬鹿、嫌い、大嫌いや…!!」

大好き。

「頑張らせてごめんね市子。一人で千鶴子支えてくれたね。我慢させちゃったね」

そう言いながら父は私を抱き寄せ、ポンポンと背中を叩く。
あぁ、父の香りだ。お日様のような、あたたかい、それと微かなコーヒーの匂い。昔の父と変わらない。

「ただいま、市子。もう我慢しなくていいんだよ」
「…っっ、おかえり…っ帰って来てくれて、ありが、とう…っ!」

ぎゅっと目の前の父のスーツを思い切りつかむ。
この間抜けな泣き顔を隠すように、深く父の胸に顔を埋めた。

虚勢を張らなきゃ立てそうになかった。
捨てられたと思って、未練を断ち切るかのように嫌いだと思い込んだ。

父の帰りを何より待っていたのは、私も母と同じ。

母が死んで、心にぽっかりと穴が空いた。
身内はいれども年下、兄のような人がいても所詮は他人。縋り切れるはずがない。

私は一人で生きなくちゃいけない。

頑張って、頑張って。
我慢して、我慢して。
笑って、笑って。
なんでもないフリをする。

青く光る髪が嫌いだった。

(会いたくてたまらない父を思い出すから)

時たま黄色が覗く瞳が嫌いだった。

(父の綺麗な黄水晶の目が好きだったから)

嫌いだ、嫌いだよ。大嫌いだ。私たちを置いていった父なんて。

「市子、やり直しの機会をくだサイ。
空白の時間を、埋めさせて」





嫌いと好きは
(それ以上に、私は父が好きだった)

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