(これから歩む君との道)

「カネザキさん!」

太陽も真上にくる前ぐらいに、市子の父、鶯原弥太郎は郵便局を訪れていた。

お目当ての人物を見つけ、名前を呼び振り返ったのを見て弥太郎はへらりと笑い手を振った。

「フォーゲルさん」

名を呼ばれたおくるはたっと弥太郎の元へと駆け寄ると、弥太郎はそんなおくるにちっちっち、と指を横に振る。

「言い忘れてまーしたが、僕の名前、今は鶯原弥太郎なんですよー。弥太郎って、呼んでください」
「弥太郎、さん」
「ja!…っとじゃなくて、ハイ」

日本名で呼ばれたことで満足そうに弥太郎は頷き、すっとおくるの手を掴む。

「カネザキさん、danke!ありがとうございまーす!あなたのおかげで、市子と和解すること、できました」

ブンブンブンと思いっきり上下に振りながら言うものだから、おくるはそれに、そ、そうす、か!よかったっ、す…!と振り回されていた。

「今朝、千鶴子のお墓に行って来ました。
これもそれも全部、カネザキさんのおかげ!!感謝しても仕切れないですよー」

danke!danke!!と尚も腕を上下に振り続ける弥太郎にお、落ち着いてください、とおくるは言う。

「僕は今日で帰ります。最後にお礼を言いに来たんです」
「えっ市子さんと、暮らさないんすか…?」

仲直りしたのなら、この千年町に共に住むと思っていたおくるは驚いたように言う。

「アーーja…というか、断られたんですよね。
仕事の関係で僕は関西の方へ戻らなきゃならなくて…向こうで一緒に暮らそうといったんですが、ここがいいそうで」

振られたんですよぅと悲しげに言う弥太郎におくるは苦笑する。

「まぁ今更慣れない地に行くより、確かに馴染んだここが良いですよね。
良くしてくれる人たちもいるようですし」

そう言いながら弥太郎は街並みを見渡し、最後におくるを見てにこりと笑った。

「たまに様子見に来ます。市子もこっちに来てくれるようで。
カネザキさんもよければ一緒に来てくださいね!歓迎するですよ〜」

そんな、悪いす。というおくるに遠慮せずに〜どうせ一緒にくることになりますって!といい、弥太郎はおくるの頭を撫でた。
なんの話か、と思いながら撫でられたことにより目深になった帽子を直しながら、背の高い弥太郎を怪訝そうに見上げる。

パチリと目が合うと弥太郎はニヤリと笑い、

「婚約の挨拶、モチロン来てくれますよねー?」

と言った。

「!?はっ」

突然の爆弾発言におくるは間抜けな声をあげ、驚愕の表情で弥太郎を見る。ほのかに耳が赤い。
弥太郎はというと、楽しげにクスクスと笑う。

「貴女みたいな人なら大歓迎でーす。
おっと。もう行かねば。それでは」

口をパクパクとさせているおくるをよそに、弥太郎はもう一度手を掴み握手をすると、帽子を軽くあげ歩き出した。
そして途中であ、と声を上げるとおくるを振り返り、

「カネザキさーーん!!きっと脈ありなんでーー押せ押せですよーー!!」

頑張ってくださーいと笑顔でブンブンと手を振った。

「なん 、ばか、そんな…!!」

脈あり、でマジか!と気持ちが浮いたおくるだったが、すぐさまいやいやそんなまさか、と首を振る。
その間に弥太郎の背中は遠のいていった。

「…市子さんのお父さん、濃い人だったな…」

仲直りしてよかった、とおくるは息をはいた。

(結局は、言葉が二人とも足りてなかったんだ)

さっきのすっきりした、少し涙の跡が残る弥太郎の顔を思い出し、ちゃんと話せたんだな、とおくるは思った。

(市子さん、どうしてるだろう)

ふと、この前泣いていた市子の姿をおくるは思い出す。

(…大丈夫だと思うけど)

気になるから、とゆかりべに行こうとしたものの、業務のことを思い出し、終業後にしよう…と決める。

(早く市子さんに、会いたいな)

名前を呼ばれ、返事を返しながらおくるは仕事に戻った。



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「こんばんは」
「おくる…!」

本日臨時休業、という紙が貼られていたものの、中から人の動く気配があったのでおくるは悪いと思いながらも扉を開けた。
扉を開けるとその音に驚いたのか、洗いかけの皿を持ったまま流し場で市子が手を止めて扉の方を見ていた。

「ちょうどよかった」

(なみだのあと…)

弥太郎以上にわかる泣いたであろう痕跡に、今日の臨時休業の理由はそれかな、とおくるは思った。

市子はおくるだとわかると、ぱっと笑顔になり、手を拭きながら寄ってくる。

「まぁ入りなよ。お茶でもだそう」
「や、おかまいなく…」
「いやいや、なんならお礼にご馳走させてくれ」

ほら座って、と市子に肩を押されて、おくるは席に着く。
市子はお茶を出すととりあえず自分もおくるの目の前に座り、口を開いた。

「まずは礼を言わせてくれ。色々気を使ってもらったようで…世話をかけた。ありがとう」
「いえ。仲直り、できてよかったっす」
「仲直り、うん。昨日一晩話したんだ」

どうやら我が家は深刻な言葉不足らしい。と参った風に言う市子の台詞に、おくるは思い当たる節があったためくすりと笑う。

「だからおくるが父のケツを叩いてくれたおかげで、足りない言葉を補えたよ」
「それなら、よかったす。
市子さんが苦しむとこ、とか泣くとこ見たくないすから」

さらりとおくるは言い、出されたお茶を頂きます、と一言おき飲んだ。
市子はというと少し目を見開いて、あーと端の方へ目線を泳がせながら、手元のお茶をくるくると回す。

「君はそういう歯の浮くような台詞、サラッと言うよな…最近…」

照れているのだろう、市子の頬はほのかに赤い。

「…おくる」

何かを覚悟したように軽く頷いた市子は、そらしていた目をおくるへと真っ直ぐ注ぐ。

「返事、しようと思って」

返事、と言うとただ一つ。おくるは二度した告白のことを思い出す。

「こんなに引っ張って、悪かった。
…踏み出すのが怖かったんだ。向き合うのが、怖かった。
…君があの時言ってくれた思い、今でも変わりはないか?」
「ないです。今でも好きです」

市子の質問におくるはすぐ様答える。
その姿に市子は眉を下げ、照れたように即答だな。と笑う。

「知っての通り、年の差もあるし、まぁ私は…君らの年代からしたら、ほぼおばさんだ。後悔させるんじゃないか、って私以外に君はいい人がいるんじゃないかって」

「後悔は絶対しないし、ずっと市子さんだけです」

やはりきっぱりとおくるは言う。

「…君は真っ直ぐだな。いつも、いつも、素直な気持ちを伝えてくれる。
そんな君に、好かれるというのは、私も嬉しい」

そっと瞳を閉じ、胸に手を当て、市子は自分の思いを噛みしめるように、ゆっくりと言う。

そうしてすうっと目を開き、机の上に置かれていたおくるの手に自分の手を重ねる。

「そんな君に甘えて、ここまで返事を長引かせてすまなかった。まだ恋とかよくわからないけど、おくるは私の中で、どうやら特別らしい」

(思えば君に、いつの間にか支えられていたな)

「これから、おくるのこともっと知っていきたいなって、そう思うよ」

にこり、と市子が笑うと、おくるはじゃ、じゃあ…!とガタリと音を立てて立ち上がる。

「受けるよ、おくるの告白。
こんな私でよければ、よろしくしてくれ」

「っ〜〜っっよくわからなくていいす…っいつか市子さんに好きだって言って貰えるような男になります」

嬉しそうに顔を歪めた後、自分の上に重ねられた手にもう片方の手を重ねる。

「大好きです、市子さん」





これから歩む君との道
(あぁ、うん、ありがとう…)
(照れてるんすか。可愛いですね)
(あー煩い煩い!照れちゃ悪いか!!)

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