(魔物掃討作戦)

自由自治湖の共和国、周辺海域

「うわあ、うようよいますね…!」

側で一緒に船の上から海を眺めていた師団員が魔物の姿をとらえながらそう言うのに、ニィーベは肯定するように頷く。

虹の大教会より発令された魔物討伐命令により、自由自治湖の共和国、潮の海兵師団はラゼルド火山と自国の海域に進撃している。
ニィーベは海の方へ来ていた。ニィーベの海での身体能力の高さや、契約精霊の関係でも、海が彼に合っているだろう。

「行くぞベンティスカ」
「あいあいさー!」

首都の港より船が出発してある程度来たところで、ニィーベは船の船頭へ行き、海に向かって飛び込む。そしてそのまま水中へ…行くわけではなく、彼の着地地点に氷の足場が作られる。
ニィーベが契約している雪の精霊、ベンティスカの能力でできたものだ。
ニィーベは海上では、船に乗らずに移動する手段を持っている。そのため、予測しにくい海域や、任務ではよく先行偵察で一人だけ船を下りていくのだ。
今回もそのパターンで、魔物の量などを後方の船に伝える手筈となっている。

「先行、開始します」

「あ、ニィーベさん!」

すっとニィーベが前を見据えたところで、上の方…船から声がかかる。
ひらひらと船の上から手を振っていたのは、潮の海兵師団の師団長、マーリス・オジェだ。

「今回も敵の位置頼むね。倒すのは俺達に任せて。大量に固まってるところは、俺がぶっ殺すからぁ」

へらりと笑いながら言う彼の笑顔はどことなく怖い。若いけれど、師団長になっただけはある。彼も武人なのだ。

「師団長の、命とあらば。行ってまいります」
「いってらっしゃーい。ベンティスカもよろしくね!」
「ガッテンダ!マーリスさん!!」

きっちりと礼をするニィーベとちがい、ベンティスカは元気にマーリスに手を振り返した。

「進むぞ。道は頼んだ」
「ガッテン承知のすけ!寒いとか言わないでね!」
「こんな状況で、そんなことは言わない」

寒いものは寒いがな…とこれからより寒くなるであろうことを想像し、ニィーベは少し顔をしかめる。ニィーベは極度の寒がりなのだ。

ペキパキ、という音と共に、ニィーベの靴に氷が張り始める。
靴底にはアイススケートで履くスケート靴についているような刃が形成されていく。
これで氷の路の上を滑って移動していくのであろう。

「ニィーベ・ホワイト及びベンティスカ、これより海上先行偵察を始める」

その言葉と共に、ニィーベは氷の路を滑り出した。
ニィーベが飛び出すとともに、彼が通った氷の路は即座に解けて消えていく。これは魔法使いであるニィーベ自身が通過したら炎魔法で溶かすようにしているからだ。
前の路はベンティスカが。後の路はニィーベが処理していくようになっている。

「魔物たくさんいるのカナ〜〜?」
「遊びじゃないぞ」
「知ってる!!」
「終わったらオレンジやるから、頑張ってくれよ」
「!!!!!ガゼンやる気がでた!!!」

海域を見渡しながら進んでいくニィーベの横でふわふわと浮きながらついてくるベンティスカは嬉しそうに腕を振った。
進みながら、魔物が集中している位置を見つけては、魔法で通信を取りながら知らせる。
知らせるだけでなく、一人で倒せそうな魔物はきちんと討伐した。

「基本は海上に顔をのぞかせてる魔物が多いが…ここはなにか、いないな」
「うーん??ここにはいないとか!」
「それはないな」

はてなを浮かばせ元気よく答えたベンティスカの意見をニィーベは即座に否定して、目線の足元ではなく、水中の方へ向ける。

「中、か」

じゃっと移動の為滑らせていた足を止め、顎に手を当て考える。
後方の船は自分が知らせた魔物をまだ討伐中だろう。とりあえず様子を見るために、水中に行くか。とニィーベは考えた。

「ベンティスカ」
「お?」
「俺は水中の方を見てくる。お前は溶けるからここにいろ。魔物が出てきた場合は迷わず殺せ」
「オッケー!ニィーベ、気をつけなよ!キアイだキアイ!!!」
「はいはい。気合い気合い」

そうニィーベは答えながら、腰に着けている鞄から何かを取り出す。そしてそれを口にくわえたところで、海の中に飛び込んだ。

水しぶきが上がり、ぼこぼこ…とニィーベの体は海へ沈んでいく。
泡が消え視界が鮮明になると、ニィーベは周辺を警戒しつつ泳ぎ始めた。
ぼこぼこ、とニィーベが口にくわえたものの左右から泡が上の方へ登っていく。魔法道具の一種で、これを装備しておけば息継ぎなしで海中を泳ぎ続けることが出来る。
ニィーベは風魔法も使い、泳ぎにくいであろう着衣水泳でもすいすいと前進していた。

(結構、いるな)

海底についたところで少し先に魔物の群れを見つける。

(さっさと片付けるか)

と魔法の詠唱を始めようとしたところで、後ろに来た気配にすぐさま振り返ったが、奴の方が動きは早かったらしい。体に何かが巻き付く感覚と共に、身動きが取れなくなる。
暗い水中の中で鈍く光る目が見えた。

(オオダイオウクロクイカか!!)

ニィーベをとらえたのはとても大きなイカ型の魔物だ。体が普通のイカと違い黒いため、薄暗い海中での発見は難しい。

身体を締め付ける力は強くなり、骨が軋んだところでニィーベは顔を歪める。
巻き付いたイカの腕を切り刻もうと短い詠唱を始めようとしたが、横っ面をイカの足により殴られる。
殴られたせいで咥えていた道具が吐き出され、ぼこり、とニィーベの口から大量の泡が出る。

(っ息が…!)

殴られた関係で視界が揺れるわ、道具紛失により息が出来なくなるわでニィーベは音がしないが舌打ちをする。

(しゃ、らくせぇ!!)

ギッとニィーベがオオダイオウクロクイカを睨み付けたと同時に、ニィーベに巻き付いていたイカの足が切り刻まれる。

(詠唱時間がもったいない、借りるぞ、ベンティスカ…!)

鞄から予備の道具を取り出しながら息が無事出来るようにしつつ、ニィーベは右手を前に出す。


「おっ?ボクの力が必要〜?ボクってば頼られてるぅ〜!!」

海上で数匹の魔物を退治していたベンティスカは何かを感じ取り、にししと笑った。


パチンっと前に出した指を打つと同時に、ビキビキビキッとニィーベのその手の先からオオダイオウクロクイカまでが瞬時に凍り付く。

(今から何匹か海上に打ち上げる。氷の塊作って、それで貫け!)


「ガッテンだ!ちょちょいのちょいでやっちゃうよー!!」


(龍王随風、神魔を裁斬せよ! サイクロン!)

ニィーベの詠唱が終わるとともに魔法が発動し、ぐるぐると水が大きくまわり始め、海上の方では竜巻が起こっていた。
魔物は竜巻により巻き上げられ、空高く舞う。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!まってましたぁ!!」

空中にいくつもの先の鋭い氷の塊を待機させていたベンティスカは魔物が巻き上げられてきたことを確認すると、魔物に向かってそれを放ち、見事に貫いていく。
魔物は貫かれると体に大きな穴が出来た後に黒い霧となり消滅していった。

「ボクってば天才〜〜!!」

巻き上げられた魔物をすべて倒したところでベンティスカはドヤ顔をかまして見せたが、いつものように調子に乗るなというツッコミがこないな、と視線を海へと落とす。
てっきり巻き上げたら浮上してくるかと思っていたのだが、あの金髪は見当たらない。

「オヤオヤもしや〜?」

やばい感じかな?とベンティスカは困ったように頬を掻いた。



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討伐作戦開始数日前

「ユリアン!」

カランカラン!と大きな音を立ててニィーベはAuroraの扉をくぐる。

「やかましいな…」
「よかった!!いたか!!」

慌てた様子でそういったニィーベに、採掘の為道具の準備をしていた手をユリアンは止めた。

「この前そろそろ採掘に行くとか言っていたから…!よかった、間に合って…」
「なんなんだいったい…」
「お前も最近聞いてるだろ、魔物の事」

魔物の事、と言われてユリアンはあぁ、と思い出したかのように呟いた。
最近魔物の量が増えていて、あまり国から出ることはお勧めしないという噂だ。一般人が襲われれば、対抗手段がなく死ぬ可能性が高いからだ。

「それがどうかしたか」
「さっき師団本部で聞いてきた。虹の大教会が、魔物掃討令を発令した。噂以上に魔物の量は多いらしい。…お前が行こうとしていた所も、もれなくな。採掘にはしばらく行くな。
数日後俺達師団や、他の国の機関も魔物の討伐に乗り出す。国内に魔物が攻め込まないという保証はない。いいか!避難指示が出たら、製作はやめて大人しくそれに従え」

ビッと指先を向け、強く言うニィーベをユリアンは無言で見る。

「い い な ?」
「…善処はする」

ユリアンの答えにニィーベはギッと歯をむき出す。信用ならん、絶対従う気がないだろう。とぶつぶつ言う。

「俺は国にはいない。もしもがあっても、お前を守れないんだからな」

師団も全員が任務にあたるわけではないが、ニィーベは国に残る部隊ではない。製作に熱中してしまうこの親友を心配しているのだ。

「俺の心配よりお前だろう。大丈夫なのか?」
「さぁな。実際現場を見たわけじゃないからなんとも…。死人が出る可能性が高いから、気を引き締めて任務にあたれとの話だが…」

死人が、の辺りは小声であったが、静かなここでは十分ユリアンの耳にも入った。

「―――――帰って来いよ」
「当たり前だろ。ゴーグル壊して戻ってきても怒るなよ」
「壊さない努力をしろ」
「無茶を言うな」



ぼやり、とゆらゆら揺れる感覚とうっすらと見える光。ボコボコと上がっていく泡が視界に入る。
瞬間ニィーベはハッと覚醒した。

(危ない、一瞬意識飛んでた)

さっきの魔物の殴打が聞いていたのだろう。魔法を発動した後数分だけニィーベは意識を失っていた。周りに魔物が戻ってきていないところを見ると、無事ベンティスカが討伐してくれたのだろうと思いニィーベは浮上していく。

「ぷはっ」

海上へ顔を出し、太陽のまぶしさに思わず目がくらむ。

「ニィーベいた!!」

ひゅんっとベンティスカが飛んできて、手を伸ばしてくる。

「ボク少し焦ったジャン!!!何してたのさ!」
「あぁ、悪い」

引き上げられ、ベンテイスカが作った氷の足場に降ろされる。

「魔物は?」
「バッチシ!」

ぶいっとピースを見せてくるベンティスカにニィーベはそうかよくやった、と頭を撫でる。
ふう、と息をついたところで、ざばあっとまた新たな魔物が浮上してきたのを遠くの方で確認した。

「とっとと片づけようか」
「ソウダネ!」






海を駆ける男
(海にいるのに普通に泳げない苦痛。魔物腹立つ)
(ボクは早くオレンジがたべたいなぁ!!!)

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