(一緒に死んで)
ifの話帝王の側近であったあの元雨の民が姿を消したと太陽の帝国の王宮はその話題で持ちきりだった。
誰か事情を知るものがいないか、と聞き込みがされたが誰もが首を振った。
いつも彼女は笑顔だった。むしろ笑顔じゃない時はないくらいに、何も、何かがあった気はしなかった。と誰もが口を揃えていった。
そして、終始笑顔なのはどこか不気味だったが。とも。
王も、もう一人の側近も彼女に何があったのかわからなかった。彼女が唯一心情の変化をよく見せていたあの精霊でさえも、その話を聞いたときに驚き少々動揺したほど、誰も今回の失踪の理由がわからないのだ。
彼女の失踪とともに奇妙な事件が発生していた。
色々と裏でやらかしているという噂の貴族たちが次々と失踪、後にキザン砂漠やロマウィナ大森林などで死体として発見されているのだ。
焼け爛れたもの、切り刻まれたもの、焦げたもの、窒息、溺死、凍死、死因は様々であったが、誰しもが彼女の仕業だと噂した。
雨の民である彼女は、雨の民のみが使えるという天候操作の力を持つ。
雷で殺すのも、風で切り刻むのも、雨で溺死させるのも、造作もないだろうと。
そしてこれは雨の民である彼女の復讐だ、と言われ始めた。やはり王宮においておくべきではなかったのだ。あんな蛮族。次は私か。あぁ嫌だ死にたくない!
今まで殺された貴族たちがしてきたようなことをしている貴族は焦り始めた。
彼女と普通に会話していた王宮の役人達も彼女を恐れた。
その中で彼女の事をよく知るあの精霊は、彼女を探していた。
(馬鹿かエシュー。タイミングの悪い時期に居なくなって)
精霊…チコだけは、彼女は復讐なんてしないということを信じていた。なぜなら、彼女はいつも言っていたのだ。
「復讐は何も生まない。私は…見てるだけでいるわ。罰は世界樹がいつか与えるし…自分を見直す気がない奴は、いつか自分で身を滅ぼすわぁ」
もし他の雨の民が復讐をするというのがわかったら止めるとまで言ったんだ。そんな彼女が。
(それに、そんな力があるとは思えない)
彼女の戦闘能力は低い。それこそあの能力を使えばそれなりに戦えるらしいが、体力の消耗が激しいと言った。こんな頻繁に殺せるほど体力はないだろう。しかも帝国にいる貴族を各地のダンジョンに投げ捨てるなど、到底無理だ。
(だから)
彼女ではない。とチコは思った。間の悪いやつだ。早く見つけて、連れて帰って、誤解を解くべきなんじゃないか。
彼女が何かに巻き込まれたのかも知れないという心配もあり、チコは探し続けた。
そうして見つけたのだ。
変わり果てた彼女を。
「あらぁ〜」
少し前までよく聞いていた声が、口癖であろう言葉を発する。
「やぁねぇ〜見つけられるとは、思ってなかったわぁ〜」
何も変わらない喋り方。
「エシュー、君は…」
「なぁに?チコ」
変わらない笑顔。
「どこか、おかしいところでもあるかしらぁ?」
変わった、姿。
彼女の体の一部は魔物と呼ばれるものに近いような気がする。いや、気がするのではなく、魔物だ。
片目だけ黒く染まった白目に、怪しく光る赤い目。出ている側のおでこからは、鬼のツノのようなものが生え、彼女の右手は黒く変色している。
他にも、今までの彼女にはなかった、異形の何かが増えていた。
「…帝国で起きている事件、君なのか」
「うふふ、そうよぉ〜」
思いの外彼女はあっさりと認めた。否定を期待していたが、その希望は打ち砕かれる。
「どうして」
「どうして?おかしなことを聞くわねぇ。これは復讐よぉ?」
狂気を滲み出した笑顔を浮かべつつ、彼女は首をかしげる。
「君は、復讐をするつもりはないと言っていた」
「あぁ、そんな事もあったわねぇ」
でもダメなのよぉ。そういって彼女は立ち上がる。
「自滅を待ってなんかいられない。罰を与えなければ、奴らは止まらないものぉ。
私、とても悩んだわぁ。悩んで悩んで…ある日ふと、こうなったの」
自分の現状を見せつけるように両手を開く。
「不思議だわぁ…力が、湧いてくるの。これはお導きよ。世界樹が、奴らに罰をあたえろという。
だから私、頑張ったのよぉ〜?」
まるで褒めてくれと言わんばかりに彼女は嬉々として告げる。
「…もうやめろ。戻ってこい」
「……どぉしてぇ?」
チコの言葉に笑顔のまま固まった彼女は、ゆるりと首をかしげる。
「どうして、そんなこというのぉ、チコ?貴方は、貴方だけはわたしの、わた、私の…」
ゆらりと彼女はチコに手を伸ばしながら近づき、そのままチコを押し倒した。
背中に鈍い痛みが走り、思わずチコは顔を歪める。
「私の、味方だと思ったのに…褒めて、くれると思ったのに。ねぇ、私、凄いでしょう?もう一人で、いろんな事、出来るのよぉ?負けない、公国を、取り戻して見せるわぁ」
「…エシュー、戻るぞ」
なおもチコはそう告げる。
「…いやよ、嫌。戻れやしないわ。もう私は、引き返すわけにはいかないのよ。引き返せない、どこにも、どこにももう、戻れない。私は、」
チリとなって消える運命しかないのよぉ。そう言いながら、彼女はチコの首へと手を添える。
「悲しいわ、チコ。私、貴方のこと好きよ。とても。だから殺したくはなかったのに。私一人だけ、全てが終わって、消えるつもりだったのに。あぁ、でも、ちょうどいいのかしら」
さっきたくさん殺したもの。
帝国、大荒れかしらぁ。
そう彼女が呟く。
「!エシュー、帝国を」
襲撃したのか、という言葉は首をさらに強く締められたことにより出なかった。
「大丈夫、無関係な人は殺してないわぁ…ふふ、もう少し、したいことあったけれど…いいわ。
チコが来たのも、必然だったのかしら」
そう一人でぼやきながら歪んだ笑みを浮かべている彼女は頭を下げ、チコの唇へと口付けた。
「ねぇ、チコ」
ポタリ、とチコの頬へと何かが落ちてくる。
雨ではない、なにか。
「あの約束、果たしてよ」
あの大量殺人の日から、パタリと事件は起きなくなった。生き残った貴族達はホッとしたが、またいつどうなるかわからない恐怖に苛まれる。
晴天の騎士団の副団長は、自分の契約した精霊を心配した。
何日も、戻ってきていないのだ。
そしてふと、契約時に書いた契約書が燃えかすとなって引き出しにあったことで、彼はもうこの世に存在していないことを知る。
一緒に死んで
(貴方と会うの、これが最後だわぁ)
(私、世界樹には戻れないもの。消えるだけ)
(チコ、大好きよ)
(…拒みなど、するはずもない。そういう約束だ)
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