(彼女は似ている)

ズキズキと痛む脇腹を押さえ、左足を引きずりながらどうにか歩く。
血が大量に抜けたことにより朦朧とする意識をどうにかギリギリ保ちながら、ハイドはどうするか考えた。

(エリザベス嬢と合流するべきか、いや、でも合流してしまえばこの追手共を、俺直々に旦那の前に案内することになる)

いつもならしでかさない失敗をし、ハイドは静かに舌を打った。
正しい情報を選び抜けなかった自分が悪い、そう思いつつひとまず木の幹へと体を預け、浅く息を繰り返す。

(マリヘフ、は)

どうにか抱えていた相棒に目をやると、痛々しい傷が目立つものの、どうにか呼吸はしているらしく安堵する。

(ここは、どこだ。合流地点から随分離れた気も、する…)

死ぬときは死ぬ。と思いながらこの仕事に身を投じ続けていたが、こうもあっさり終わりが来るのだろうか。
追手であろう人の気配を感じ、どうにか移動を再開しようとするも動きは鈍い。

(どうせ旦那は笑うだけだろうな)

羽振りのいい雇用主。しかしお互い信用なぞない真っ黒なコウモリのような主人が鼻で笑う姿がハイドは目に浮かんだ。

(せめて給料分だけは仕事をしないとだな)

ほぼ後ろに来たであろう気配をハイドは感じ、予備動作なしに振り返りざま短剣を振りかざそうとした。

「貴方敵と味方の気配も区別できないようになったんですの?」

冷ややかな青い氷の目がハイドをジロリと見る。
細い腕はハイドの剣を受け止めており、白いエプロンには血が少し散っていた。

「お、じょうさん」

血が足りなさすぎてぼやけ始めた目で、どうにかハイドは仕事仲間であるエリザベスだと認識する。
途端ハイドは膝をおり、地面へと伏した。

「貴方様にしては遅いので様子を見てこいと言われましたが…」

派手にやられましたことで。と慌てるわけでもなくエリザベスは冷静に自分の服を破きながらハイドに止血を施していく。

「や…俺より、も…マリ嬢……」

地に伏したままハイドは消え入りそうな声でそういう。
この傷でよくここまで逃げ延びたな、と思いつつアルマスの心配をする暇があるのかとエリザベスはハイドを見た。

「う゛…ぁ…っ」

知った相手が来てほんの一瞬気を抜いてしまったためか、どうにかごまかしていた傷の痛みがズキンズキンと強くなり始め、ハイドは呻き始める。

「エイムズ家の使いたるもの情けない姿をしてはいけませんわよ。しっかりしなさい」

スパロウが飛んできたことにエリザベスは気づき合図を送る。これでどうにかケールが来てハイドを連れて撤退できるだろう。
追手が来るようならふるぼっこにするまでである、と止血を続ける。

「…か、…さん」

そんな中、地に伏していたハイドがエリザベスの服を掴む。
意識は朦朧としているためか、何が彼の前に見えているのか。いつもの胡散臭い笑顔はなく、虚ろな今にも泣き出しそうな顔をしている。

「…ど、して、置いて、い…」

今度こそ痛みで気絶したのか、パタリとまた伏してしまい、握られていた服ははなされた。

静かにエリザベスは立ち上がる。
元より赤い男をより一層赤に染めた者たちが2人と一匹を取り囲んでいた。

「旦那様がお待ちですので、私共は失礼させていただきたいのですが」

どうせ許されないことはわかっている。向かってくる相手たちに溜息を吐きながら、エリザベスはマスケット銃を構えた。


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とんでもない夢を見ていた気がする、と目を覚ました。
眼前には雇用主の屋敷の天井が広がっており、ハイドは慌てて身を起こす。
途端激痛がはしり、うっと呻きながら再びベッドに沈んだ。

「…かえってこれたのか」

最後の記憶は、青い目と目があったところだ。
そのあとは今ひとつ覚えていないが、よろしくないことを口走った気もする、と呻く。傷の痛みのせいではない。

「い、や〜〜……」

それにしても久々に死の淵を彷徨った。今は亡き母親が見えるなんて確実にあれは死にかけてたな、とハイドは考える。

(フランシスの旦那に見切りをつけられないよう今後は気をつけないとな…)

ここまで給料が良い環境はそこまであるまい。思えばここも長いものだ。
今度はゆっくりと体を起こしつつ、ベッドの下に足を下ろす。

「マリ嬢どこだろう…。は〜〜なんにせよ報告しなきゃだな〜絶対旦那に笑われるわ〜」

どっこい、しょ。と立ち上がり、ハイドは部屋の扉へと手をかける。
手間をかけたであろうエリザベスにも何を言うか。嫌われてるしなぁ何言ってもあれかね。などと考えながら慣れたように屋敷の廊下を歩いた。

まともに廊下を歩くのも久々なきがする。
だいたい窓から侵入し扉からどうぞと言われるのがハイドだ。

にゃーと猫の鳴き声が聞こえた。
前を見ると、青い目と目が合う。
ハイドの相棒の治療などが終わったのか、彼女はマリヘフを抱え静かに佇んでいた。




彼女は似ている
(白い髪は母のよう)
(聖母マリア、あぁ)
(彼女は今日も美しい)
(なににも染まらぬ白を携えて)

(あっおじょーーさーーん!!お手間かけまして、そ、その〜…!!)
(喧しいですわ。…そんな顔もできるんですわね、貴方)


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ハイドは耳の十字架からわかるようにキリスト教徒だったり。
あと白色が好き。母親の色だから。
だから弱っちゃって意識朦朧としてたからお母さんを重ねた的な

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