(美しい思い出)
新しい環境にも慣れ、能楽師の肩書きを欲しいままにしつつある、変わらない日だった。「天才能楽師がいると聞いて!」
今日もただ、いつかの復讐の日のために実力を磨くため練習をするはずだった。
突如として訪れた取材をしたいという男。
あぁ、あぁ!!男の要件を聞いた兄弟弟子から取りつぐんじゃなかった!
「日永と申します」
過去の美しい思い出が向こうからやってきてしまった!
記憶していた名前と違う、髪色も違う、でも、でもこの面影は、紛れもなく、過去の、あの1番幸せだった時の友人。
「ー…取材はお受付いたしまへん。どうぞおかえりください」
動揺をにじませかけた顔をどうにかして堪える。
震えそうになる声を心の中で叱咤して平静を装った。
冷たくあしらえばもう来ないだろう。
そう踏んで、一方的に拒絶の言葉を投げて扉を閉めた。
けれど諦めなかったのだ。日永摂という男は。
毎日毎日飽きもせず小鳥遊家の扉を叩く。
こうも粘られては、小鳥遊家に迷惑がかかるだけだ。頭がいたい。
叔父さんからも宣伝にもいいだろうに何かあったのか?と言われた。話すわけにはいかへん。
そして、
「薊!薊だよな!?」
数日も経たず、あの男は答えにたどり着いた。
会いたくなかった!会いたくなかった!会いたくなかった!!!
美しい思い出が、楽しかった日々が、父さんもいて母さんもいて!能天気に摂君と遊んで幸せだった女の子の自分なんて!!!
そんなものはもうありもしないし捨てたというのに!
「お、さむ…く、」
会いたくなかった。
だって、だってこれじゃあ!今の自分が惨めみたいじゃないか!!
名前を呼び、覚えてるかという言葉に表面上苦々しい感じを出さず、苦々しく頷けば彼は嬉しそうに笑った。
あぁ、もう、ダメや。あきまへん。
まだ、まだ残ってた。
母も父も家も名誉も何もかも両の手からこぼれ落ちたと思っていた。
ここ数年はこぼれ落ちた物を拾い上げる毎日だった。
拾い上げられないものを埋める毎日だった。
残ってた。幼馴染。
あの時の私が持っていた、大事なもの。
会いたくなかった。
だって自分には、復讐の道しか残ってなかったから。
そんな道を歩もうとしてる自分と彼が関わり続けてくれる保証なんてないのだから。
会いたくなかった、なんて。
再会当初には思ったものだ。
自分たちは変わった。あの頃とは随分と変わった状態で、あの頃と同じように幼馴染の関係を続ける。
話して、笑って、馬鹿やって。
ちゃんとこぼれ落ちずにいてくれる。
だから、
「玄〜〜〜」
今は。
「はいはい、どないしはりましたかおセツ」
また会えてよかったとそう思う。
美しい思い出
(段々と意識が遠のく)
(そうか、死ぬんか)
(やはり彼との思い出はどこまでも美しいものとしてのこるらしい)
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