(警戒心を持て)

if現パロ



「……」

季節は夏。じわじわと暑い日が続く中、クーラーにより快適にされている自宅で紅は美来を見下ろしていた。

何かと自分のマンションに居座るこの少女…少女というにはもう随分大人の女性に近くなったが、彼女とは古い付き合いであった。
お兄さん感覚で雛鳥のようについて回るのは大学生になっても変わらず、そう…変わらずなのだ。
何がどう変わらないと言うと警戒心がまったく持ってない。
例え古くからの知り合いであっても男の一人暮らしの部屋になんの警戒心もなくのびのびと過ごす彼女に、紅は何度溜息を吐きそうになったか。
居座って夜には帰るのならまだいい。この女は大学が近いし今日はもう遅いからとたまに泊まって行ったりするのだ。

拷問か?そんなことを1人つぶやいたことも紅はあった。

警戒心がないのは今現在も同じで、彼女はソファにゆるりと寝転がりアイスを食べながら雑誌を眺めている。
これが冬であればまだ着込まれた服装のためだらけた体勢だなと済むものだが、今は夏だ。言いたいことはわかるだろう。

見下ろす紅は暗にその姿勢どうにかならないのかと言う目線を美来へと向けるが、彼女には届かない。むしろ「どうかしたんですか紅さん?」などというのんきな声が返ってきて紅は溜息を吐いた。

でろでろに甘やかして、離れがたくなるよう囲ってやろうと思ってはいるが、流石にこれはあまりにも目に毒なので厳しくマナーをつけさせるべきか…と少し皺の寄った眉間を触って戻す。

今目の前にいる男がどんな事を考えているかなんてまったく思い当たらない彼女は、純粋そうな目を雑誌から離し紅に向けていた。

「…」
「?」

ポンと紅は美来の頭に手を置いてゆったりと撫でる。撫でられてる意味がわからないのか、美来は頭の上に伸びる手を少し見て、紅を見て、首を傾げた。

「……」
「…っ」

暫く無言で頭を撫でていた手が、突然ゆるりと降下し美来の頬を柔く撫でる。それに少し驚いた美来は紅の顔を伺うが残念ながらいつも通り。相変わらず読みにくい表情をしていた。
まあでも紅さんだし。と特に気にもとめず逃げようともせず、好きなようにさせようかと雑誌に目を戻しかけたところだった。

「…っぅ!?」

突然撫でる紅の手つきが変わり、頬以外も撫で始める。するりするりと手は動き、耳を撫で、耳の裏を通りするりと髪の方へ抜け髪を梳いた後頬へと戻ってきた。

「!?、!??」

美来はというとぞわりとした感覚にびっくりして思わず顔を下に向ける。一体全体突然なんだというのだ!??と混乱を始めた頭を必死に落ち着かせるためにこうなった経緯を辿る。

いつも通り遊びに来て、アイスがあると言われてワーイと食いつき、勝手知ったる様子でアイスを取り出しソファに転げて…それで、
とぐるぐると頭を回していたところでクイッと顎を引かれ、顔を上げさせられた事で思考が停止する。

「…ぁ、」
「……」

相変わらず紅は無言だ。美来は何故だか湧き上がる羞恥心でじわじわと自分の頬が熱くなるのがわかる。
紅の右手に捕らえられた顎のせいで美来は顔を下げることは叶わず、そして左手はやはりいつもと違うように美来の顔を撫で動いている。

ぞわぞわと産毛が立つ感覚に見舞われていると、目の前の紅の瞳が薄っすらと開かれつつじ色が覗いた。
滅多に見えないその色は、たまに見る落ち着き払った雰囲気を捨て、何やら別の色が灯っているようにも思え、美来はますます困惑する。

「ひぁ、」
「美来さん」

くすぐったいような何やら謎の感覚に襲われ続けつい声が上がりそうになったところで紅が口を開く。撫でる手も止まったため、美来は目を瞬かせて紅を見た。
いつも通りの色だ。

「寝転がってアイスとは、はしたないですよ」

ちゃんと座って食べなさい、と紅の口から出たのは注意であった。

「あっはいすみません…」

するりと離れていく熱を少し惜しく感じながら思わず謝罪を述べ、起き上がり居住まいを正す。

お風呂行って来ますと何事もなかったかのように風呂場の方へ紅が消えて行った後、美来は1人頭を抱えた。

…もちろん、風呂場の方でも頭を抱えたやつがいたことは言わなくてもわかるだろう。





警戒心を持て
(…危なかった…)

(じ、自意識過剰だった…!多分あれ遊ばれたんだ…!!)

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